向千鶴氏
サステナブルファッションに向けた私たちの選択

  • サステナビリティ

ファッションの流行は、海外コレクションの影響や流行色など、業界がリードするイメージがありますが、近年の環境意識の高まりやソーシャルメディアによる情報のあり方の変化などによってその流れが変わりつつあります。このことについて、業界を俯瞰した視点で見渡してこられたWWDJAPAN編集統括サステナビリティ・ディレクターの向千鶴さんにお話を伺いました。

聞き手:小泉 朋久、小笠原 望

大きな転換期を迎えた日本のファッション

――持続可能なファッションについてお伺いする前に、まず、日本のファッションの変遷と特徴、現在地について教えていただけますか?

着物以降の日本のファッションは、主に「パリを中心としたオートクチュール・プレタポルテ」「アメリカ西海岸を中心としたサーフィン・スケートなどのストリートカルチャー」の影響を受けてきました。日本にはもともと、お針子さん、生地問屋、染め屋など一点物を作る文化がすでにあったため、オートクチュールをすんなりと受け入れることができたのだと考えられます。そこにカジュアルなアメリカ西海岸の要素が加わり、日本独自のファッションのベースが整っていきました。

1970年代の「イッセイミヤケ」「ケンゾー」に続いて、1980年代前半に「コム デ ギャルソン」「ヨウジヤマモト」といった日本のブランドがパリコレクションに参加し世界にその存在を発信するようになり、これまでの欧米のファッションカルチャーに追従する状況から変化しました。少しずつ日本独自のファッションが認知され、現在は世界のマーケットの一角を牽引するまでに成長しました。

日本のファッションが評価されていることがわかる事象として、2024年春夏パリコレクションの参加ブランド約110のうち日本からは11ブランドで、全体の10%を占めています。ここからも日本人デザイナーのファッションに対する向上心の高さに加え、世界的な評価も感じることができます。 また、日本は洗練されたセレクトショップが全国津々浦々にあります。限られた都市だけではなく、日本全土にわたるファッション感度の高さがうかがい知れるところでしょう。この現象は都市部にショップが集中する海外に比べ稀有なことと言えます。

そして現在、原宿の若者が代表する日本独自のファッションスタイルは、社会課題の意識醸成、テクノロジーの進化、グローバルサウスの台頭、世界的なインフレなどの影響を受け、大きな転換期を迎えています。


トレーサビリティを高めることでサステナビリティの意識醸成を

――私たちが実施した「サステナブル・ライフスタイル意識調査2023」では、直近3年間でサステナビリティについて考える頻度について、日本は他の国に比べてとても低いという結果(図1)でした。ファッションの分野において、この結果から気づいたことや心当たりはありますか?

これには思い当たるところがあります。2019年から2023年にかけての大規模な感染症対策中にアパレル消費は急激に落ち込みましたが、人びとの行動や店の営業時間などの制限が緩和されるのに伴ってアパレル消費も一気に回復し、その勢いにのまれて環境に対する意識が薄れてしまったように感じていました。日本では、他の国以上にしっかりと業界から情報発信をしてサステナブル消費の意識を醸成することが重要になるでしょう。


――ファッションスタイルが大きな転換期を迎えている中、日本のサステナブル消費の意識がまだ十分に育っていないことに対して、どのような懸念をお持ちでしょうか?

サステナブルファッションを進めるには「業界の変革」と「消費の行動変容」の両方を考えなければなりません。ファッション産業の課題は世界共通のものが多く、主に「環境」「社会(人権、労働、文化など)」に分類されます。その中でも特に「環境」に対してはファッション産業が及ぼす影響が大きいとされており、業界を中心に社会全体で取り組まなければならない課題となっています。

昨年12月に開催したWWDJAPANサステナビリティ・サミット2023の中で、古着が行き着く国として知られているアフリカのケニアを視察された鎌田安里紗氏(ファッションレボリューションジャパン プロデューサー)に登壇してもらった際、埋立地になっているダンドラという地域は古着で砂浜のようになっているという話がありました。


ケニア ダンドラのゴミ集積所

現在、世界の人口は増え続けており、さらに、より安くたくさん売りたいという先進国の動きから、衣服の生産量も増え続けています。結果、このような光景に繋がってしまっている状況を何とかしなければならないと、危機感を覚えます。しかしこれらの問題に対する答えは一つではなく、やるべきことはたくさんあると考えています。

消費者目線では、私たちがクローゼットから出した洋服を一人一人がどうしているかというところから、手放された後ダンドラなどにたどり着くことを考えるという意識醸成や行動変容が必要です。また社会目線では、自治体の資源回収の方法や、国の循環型社会に向けた政策の推進。さらに業界目線では、生産方法の見直しと開発などをおこなっていく必要があるでしょう。



――一人一人の意識醸成のために、具体的にはどのような方法が考えられますか?

トレーサビリティを高めることが重要だと考えています。例えば食品は購入にあたり生産地や生産方法などが重要視されますが、衣服ではせいぜい生産国やブランド名に付加価値を感じるくらいで、その原料や生地がいつ・どこで・どのように生産され、どのようなルートで工場やアトリエに届いたのかを気にする機会は多くありません。調べてもわからないことの方が多いでしょう。故にその商品がどの程度環境に負荷をかけているのかを知るすべはほとんどありません。

しかし、「ファッションは農業」だという考え方があります。コットンは綿花、シルクは蚕の糸であり、ウールやレザーは畜産業と密接です。もっとも多く使われている化学繊維であるポリエステルの原料は石油です。地球から取っている液体か、畑から収穫したものか、あるいは動物からいただいたものかの違いであり、自然が原料となっていることに変わりありません。人びとが食品のように、それがどこでどのように生産されたものか、そして、手放した後にどのような最後を迎えるのかを知った上で購入すること・意識して使うことが、これからのファッションの消費には大切だと考えています。


DXとSXで築く、よりよいファッション産業

――ファッション業界のどのような取り組みに期待していますか?

ファッションデザイナーの本来の役割は、自分のアイデアや社会を見る目を洋服に反映させることだと考えています。環境に優しい原料や素材、製造方法がすでに提供されているのであれば、それを前面に押し出すデザイナーがいても一つの価値訴求としていいし、同時に全デザイナーがそこに注力する必要はないというのが私の考えです。サステナブルにこだわるばかりにデザイナーや着る人の個性が失われては本末転倒。それはファッションではなくなってしまう。また、ファッション産業のサプライチェーンは、長らく分断されているので、デザイナーであれ、工場であれ、一人・一社が改革できる領域はごくわずか。従来の原料調達や製造方法に環境負荷があるならば、それをサプライチェーン全体で改善しようと業界に向かって働きかけているところです。

ファッションは欲求の表れだと捉えることができます。欲求というと、「好かれたい」や、「裕福になりたい」などもそうですが、「地球に優しくありたい」というのも欲求の一つです。近年のサステナブルファッションへの関心の高まりは、環境に悪い影響を及ぼすファッションは楽しめない、というような自然な感情の動きから来ているように感じています。特に若い世代では、「作っている人に配慮したい」「地球に配慮したい」という欲求が芽生えているので、それに応えるファッションが出てくることを期待しています。



――現在AIを始めとしたテクノロジーの進化が顕著です。このような動向はありとあらゆる分野で進み、効率化だけでなく、その分野をよりよいものにするテクノロジーの使われ方もあります。AIなどのテクノロジーは、ファッション産業にどのような影響を与えうるでしょうか。

オートクチュールやハイファッションの商品が高価な理由の一つに、職人が一つ一つ仕上げる生産工程が挙げられます。以前、高級革製品を扱う生産管理のリーダーから「一人の人間が品質を管理できるのは職人30人まで」というお話を聞きました。高い品質を保つための素晴らしい志ですが、同時に問題も内在しています。需要があるうちはいいですが、低調が続けば直ちに経営難になり企業はおろかその職人の技術自体が途絶えてしまうことにもなりかねないのです。

一方、進化する現代のテクノロジーはよりよい商品を消費者に届けることを可能にします。とりわけAIはファッション業界でも注目されており、例えば縫製や染めなどの技術に応用すれば、生産性の向上に繋がり、技術の継承にも役立つことでしょう。機械生産では再現が難しかった伝統技術の継承も、学習可能なAIを活用すれば実現可能かもしれません。

また、現在のPOSシステムでは、消費者の要望を色・サイズなどざっくりとしか把握できませんが、より多くの情報を学習できるAIであれば、例えばwhiteの購入履歴が複数あった人の場合、この人はwhiteを好んでいると理解した上で、無数にあるwhiteの種類から最適なwhiteを適切な素材で提案してくれるかもしれません。そういった違いすらも学習していけるようになれば、より快適な買い物体験が可能になるでしょう。

さらに、生産プロセスでのロスカットや環境負荷の低いテキスタイルの開発、過剰生産抑制などのDX(デジタルトランスフォーメーション)と、事業の永続性を考えていくSX(サステナビリティトランスフォーメーション)の両輪を同時に回していくことが、ファッション産業におけるサステナビリティの実現に向けて必要なことと言えるでしょう。

個人の倫理観に託される、サステナブルファッションの未来

――環境負荷を減らすこと、事業を続けていくこと、そしてファッションならではの魅力を失わない形での持続可能なファッションは、どうすることで実現するとお考えでしょうか?

なぜ人はエシカル消費を求めるのか考えてみましょう。地球や未来のことを心から心配する人もいると思いますが、多くの人は、後ろめたい気持ちや何かを傷つけてまでファッションを楽しみたくないから、エシカル消費に心惹かれるのではないかと考えています。食との大きな違いもそこにあります。命のエネルギーを得る行為である食事に対し、ファッションを楽しむ行為は、心の豊かさを除くと、機能する衣服をすでに持っているのにも関わらず追加で新しいものを買うことになり、極論すれば、生きる上では余剰の行為と言えるからです。 2022年からフランスで施行されている循環経済法*1のように、日本でも企業側にルールが敷かれることもあるかもしれませんが、衣服に限定した廃棄物の制限を個人に適用することは難しいと思います。

あらゆる情報が手に入り、個人での発信も容易になった世界では、業界だけでファッションの流行を作っていくことは現実的ではありません。業界側から素材や生産プロセスの情報、課題意識や取り組みなどを発信することは重要ですが、それらの情報を得た消費者が、自身の価値観に基づいて主体的に選択していくことがいい消費の流れを生むと考えています。そのようなサイクルが浸透することで、サステナビリティを意識しすぎなくても一人一人がファッションを楽しめるのが理想なのではないでしょうか。サステナブルファッションは個人の倫理観に委ねられているからこそ、まだ見ぬ未来の流行はファッションを楽しむ個人が自分たちで作っていくものだと考えています。

Text by Tomohisa Koizumi
Photographs by Kentaro Ikezawa


※1 循環経済法:フランスにおけるアパレルの売れ残り商品の廃棄禁止を含んだ、企業に環境配慮の取り組みを促す法律。

向 千鶴 むこう・ちづる東京女子大学を卒業したのち、株式会社エドウイン営業部のスタッフとして4年半活動。その後、株式会社日本繊維新聞社(2010年に営業停止)にて記者として活動。2000年より業界紙・WWDジャパンの海外コレクション取材スタッフとして活躍。2015年より新編集長に就任。2021年4月より株式会社INFASパブリケーションズ執行役員兼WWDジャパン編集統括サステナビリティ・ディレクター。

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