人材育成テーマの変遷、人材の見える化の指針:第2回

製造業より学ぶ人材育成のポイント

02 人材要件を定義し、ハイパフォーマーの行動を探る

著者:山田 竜也

2012年1月13日掲載

第1回では、企業と個人が在りたい姿に向かってともに成長するための仕組みとして、人材の見える化を位置付けた。見える化を行うためには、基準となるモデルが必要となる。モデルは組織にとっては期待する人材像であり、個人にとっては目指すべきお手本となる。個人の最終的な在りたい姿はお手本通りになる事ではないが、そこに辿り着くための指標としてモデルを示すことは有効である。

人材要件の定義、氷山モデル

先ずは人の能力を以下の図の様な氷山の絵でとらえることから始めたい。氷山を使って表現したいのは、海面上は見えるが、海面下の広がりは把握し難い、そして、海面下にこそ膨大な質量が隠れているという二点である。

ここでは人材が持つ要素を見えやすいものから順に、知識/技量(スキル)/行動特性(マインド)/思想・価値観の四つに分けて表現した。この四つは、主に一般的な企業において仕事をする上での要素を抽出したものであり、人間全体を表しているものではない事を断らせて頂く。また、仕事によっては身体能力や外見も重要な要素となるが、ここでは敢えて割愛している事をご理解頂きたい。

(図) 氷山モデル

一番上が「知識」、外からも把握し易く試験や職務経験などで測ることのできるもの。二つ目が「技量(スキル)」、論理思考力、コミュニケーション力、発想力といったものであり、知識・経験を用いて業務を遂行する上で必要になってくるもの。そして、三つ目が「行動特性」、知識や技量を活かして成果を生み出すための行動が取れるかどうかを左右するもの。四つ目が「思想・価値観」、行動特性よりも更に深いところで個人の判断や行動を決定づけるものである。

海面上の「知識/技量(スキル)」は職種や時代背景に応じて変わってくるものであるが、海面下深くの思想・価値観は企業として個人として普遍的なものである。

価値観の多様化ということも言われるが、ライフスタイル、趣味嗜好といった観点での話であり、今回のテーマとしている仕事をする上での必要な要素としては、普遍的なものを定義できると考えている。また、仕事に対する姿勢を整え、組織の力を結集していくためには、企業の価値観と個人の価値観の重なりを大きくしていく必要があるという事も重要なポイントとして言い添えておく。

海面上に顔を出しつつも、そのほとんどが海面下に隠れているものが「行動特性」である。今回のタイトルの「行動を探る」はこの海面下の部分を探っていく事を意味している。

注目される行動特性

「この四つの要素の内、あなたが最も大切だと思うものはどれですか?」、「もしくは一緒に仕事をする仲間を選ぶとき、一番重視するのはどれですか?」という問いかけをすると多くの方が、「行動特性」を選ぶ。

「思想・価値観」を選ばれる方もいるが、理由を聞くと共同経営者や幹部候補を選ぶ時を想定されている場合が多い。この考え方には賛同するが、それこそ最も深く見えない部分であり、お互い理解するにも時間がかかる部分なので、日々の仕事の中で最も頻繁に影響しそうな部分となると「行動特性」を選ぶというのが多くの方に共通する理由である。

「知識/技量(スキル)」を選ばれる方もいるが、想定されているのは自分がリーダーとなるプロジェクトを想定していて、役割が明確になっている場合である。プロジェクトという時限組織ではなく、長期に亘るパートナーとなると「行動特性」の重要性が上がってくる。

多くの人が大切だと感じる「行動特性」であるが、実際に多くの企業で見える化されているのは「知識/技量(スキル)」といった把握し易い部分に限られている。また、「思想・価値観」は企業理念や社是・社訓として表現されているが、額に入って飾られたまま日々の行動にはあまり影響を与えられていないというのが実態である。大切なものは目には見えない、できる所から人材の見える化を進めた結果、見え易いものに偏ってしまったというのが実情ではないだろうか。

こうした、現状を踏まえ、本当に大切なものを見える化し、人材育成のテコ入れポイントとしていくために、人材要件はこの四つの領域に分けて表現するのが有効であると考えている。

実際に筆者がクライアントとしている製造業においてのコンサルティングテーマも変わってきている。

例えば技術伝承というテーマの場合、以前は「ベテラン技術者の知識を体系的にまとめて若手向けのマニュアルを作りたい」、「製造ラインの技能工の行動を細かく観察して作業指示書に落し込みたい」といった知識や技量の見える化に関するテーマが多かった。最近は「こうした知識や技量を兼ね備えたベテランが持つ行動特性、なぜ彼ら−ハイパフォーマーと呼ばれる人達−はそこまで成長できたかを把握し、若手に植え付けたい」といったテーマが増えてきている。

変化の激しい時代、直ぐに使えるが陳腐化する懸念のある武器を作るよりも、武器の作り方、腕の磨き方を鍛えたいという、氷山モデルのより深層での強化が求められている。

ハイパフォーマーの行動を探る

では、「ハイパフォーマーの行動を探る」にはどうすれば良いか?ポイントは二つある。

  • ハイパフォーマーの人物像よりも、ハイパフォーマーが取っている/きた行動に着目する。
  • ハイパフォーマーの完成形だけでなく、成長してきたステージに分けて示す。

以下の表はこの二つを表したものである。人材要件はハイパフォーマーの人物像を分解して表したもの。先ずはこうした人材要件の定義が必要だが、これに対して抱く印象はどのようになるだろうか?考えてみて頂きたい。「なれたら良いなとは思うけど、具体的にどうすれば良いのか分からない」、「目指せと言われたって、そんなスーパーマンいないよ」といった他人事の様な声が聞こえて来ないだろうか?せっかく人材要件を示しても本人に当事者として目指そうという意識が育たなければ、それこそ絵に描いた餅である。

一つ目の声への対策が、その人材要件を身に着けるに至った行動特性を表現する事である。「○○な人になりなさい」というだけで、行動を起こせる人は少ない。また、そこに至る過程は一つだけとは限らない。行動特性レベルで表現することで自らの今と比較することが可能になり、日々の実践へとつながっていく。

二つ目の声への対策が、成長のステージに分けて示す事。目指す姿が示されても今の自分とのギャップが大き過ぎると理解できない。もしくは、十分な内発的動機付けを呼び起こせない。例えば、「一芸に秀でている」という人材要件に対して、「自分の仕事に誇りを持って取り組む」という行動特性を要求されたとしても、誇りを持つまでの意識はなかなか持ちえない。しかし、「頼まれた仕事は選り好みせず先ず受ける」というレベルであれば、まだ自分の気持ちを奮い立たせることができるのではないだろうか。第1回で述べた「良い意味での先輩」の存在が希薄になり、示された人材要件に辿り着くまでのマイルストンとなる先輩が見えない環境においては、適切なステージの置き方がより重要である。

ここでは行動特性に関してだけ取り上げたが、人材要件としては、四つの領域全てが関係してくる。知識/技量(スキル)は業務や時代の変化により変わってくる。保有能力として個人が持っているものは変わらなくても、陳腐化してしまう場合もある。業務を遂行する上で短期的には知識/技量(スキル)の向上は効果的だが、より普遍的な力として行動特性に着目する必要性は高まっている。

執筆者略歴

山田 竜也

電通国際情報サービスを経て、iTiDコンサルティング創業メンバーとして参画。幅広い業界の業務プロセス・意識改革を含めた組織変革コンサルティングを手掛ける。事業ビジョン構築、チーム運営力強化等のコンサルティングのほか、イノベーション人材の育成プログラムを中心とした各種セミナーの講師を務めている。

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