人材育成テーマの変遷、人材の見える化の指針:第4回

製造業より学ぶ人材育成のポイント

04 個人の在りたい姿を描く

著者:山田 竜也

2012年2月10日掲載

個人の在りたい姿、この言葉が前回の組織の人材ビジョンと何らかの対応関係にあることは多くの方が想定される所だろう。確かにその通りなのだが、今回は先ず“在りたい姿”と“在るべき姿”という二つの表現を明確に定義し直す所から始めたい。

在るべき姿 vs 在りたい姿

様々なワークショップの場面でこれらの言葉の違いを議論してきたが、大体以下の様なニュアンスの違いが共通項目として出てきた。

在るべき姿=組織の理想・上から押し付けられるもの・実現せねばならない!・目標・現在、中長期…|在りたい姿=個人の願望・自ら思い抱くもの・こうなりたい!・永遠に追い続けるもの・将来、未来…

明確に分けるために、敢えて表現を誇張している部分はあるが、この分け方に関しては概ね納得いただけるのではないかと思う。大事なのは敢えてこの様に分けて考えようとする意図である。

第1回の人材育成テーマの変遷では、70,80年代の成長時代に機能していたOJTが、90,00年代の停滞時代に即戦力化を重視し急がせすぎたあまりに形骸化していった経緯を述べたが、正にこの停滞時代に掲げられたのが、在るべき姿であったと考えている。つまり、組織としての階層化された役割分担に基づき定義された職務としての在るべき姿である。

在るべき姿、それ自体はけっして悪いものではない。業務プロセスの整流化や技術の標準化においては、関係する様々な部門の意見をまとめ全体最適を行うために在るべき姿を描くことの意義は大きい。全体最適を目指す中では必要不可欠のものとも言えるかもしれない。但し、これは最適解が何かを描ける場合に限られるのではないだろうか。人材育成という観点では、在るべき姿に縛られ、個人の力が十分に発揮されなくなってしまうリスクが大きい。

在りたい姿、在るべき姿はどちらも必要なものである。重要なのは以下に示す両者の関係である。

現在→在るべき姿→在るべき姿→在りたい姿

“在りたい姿”は組織や個人が描く、将来こう在りたいという姿。“在るべき姿”はそこに辿り着くために組織や個人が自らに課すもの。時限的活動であるプロジェクトで言えば、最終のゴールが“在りたい姿”、それに向かってクリアしていくべきマイルストンが“在るべき姿”ということになる。

ゴールとマイルストンに置き換えると明白だが、先ず持つべきは“在りたい姿”、そしてそこに辿り着くための“在るべき姿”である。

組織の人材ビジョンと個人の在りたい姿

“組織の人材ビジョン”と“個人の在りたい姿”はイコールにはならない。端的に言うならば、“組織の人材ビジョン”の一つとして、「皆が“個人の在りたい姿”を持って働いている」という事が含まれる。

社員の自己実現をビジョンとして掲げている企業は沢山ある。しかし、実際は「自己実現のための活動を許容する」というだけであって、「奨励する、更には、自己実現を通して会社への貢献を促す」といったレベルにはなっていない所が多い。

また、社員の側も「やりたいことをやる」、「好きなことをしてお金を稼ぐ」、こうした言葉に抵抗感を感じている人が増えている気がする。「仕事とは辛いもの」、「人が嫌がる事だからこそ対価をもらえる」という価値観に凝り固まってしまっている。確かに世の中それほど甘くはないが、自分のやりたいことを押し殺した結果、自分の本当のパフォーマンスが出せず、返って世の中に貢献できなくなってしまっていることはないだろうか。

第3回の組織の人材ビジョンを描くでは、組織の人材ビジョンをハイパフォーマーを束ねるためのものとして示した。また、ハイパフォーマーの各成長ステージにおける行動特性を示すことで日々の実践、鍛練が可能になることを示した。

これだけでも実現することは大変だが、ハイパフォーマーの行動特性を身に着けただけでは、自身の本当の力を発揮しきることはできない。何でもできるが何も自分のやりたいテーマを持たない器用貧乏になってしまう。

“個人の在りたい姿”を抱き自身のテーマに集中することで実力を発揮し尽す。結果、企業の業績にもつながる。変化が激しく、人の力がより必要とされる時代だからこそ、こうしたモデルを描くことの重要性が高まっている。

個人の在りたい姿が新しいものを生む原動力となる

製造業において、改めて技術に向き合うための時間が重要視されてきている。技術者としての在りたい姿を各自が描くことで、短期の業績目標に振り回されない長期の視点を持つ事が狙いだ。

組織としてきちんと長期の研究開発投資をしていくことは重要だが、箱をつくっただけでは何も生まれてこない。そこで実際に新しいものを生み出していくのは一人一人の技術者である。

もともと技術を身に着けるには時間がかかる。世に新しいものを生み出していく技術者は身に着けるだけではなく、その先で自身の独自の技術を創出していく役割を担う。製造業の長期的な強みを担保する上で、技術者の一人一人が長期の視点で在りたい姿を描き、自己実現を通して組織に貢献する事の重要性が増している。

本田宗一郎氏の言葉に以下がある。

技術よりもまず第一に大事にしなければならないのは、人間の思想だと思う。金とか技術とかいうものは、あくまでも人間に奉仕するひとつの手段なのである。・・・人間を根底としない技術は何も意味をなさない。

本田宗一郎「俺の考え」より

変化の激しい時代、自身の軸を見失わないために、改めて個人の思想・価値観となる在りたい姿を描く必要性が高まっている。これは何も製造業に限ったことではない。

執筆者略歴

山田 竜也

電通国際情報サービスを経て、iTiDコンサルティング創業メンバーとして参画。幅広い業界の業務プロセス・意識改革を含めた組織変革コンサルティングを手掛ける。事業ビジョン構築、チーム運営力強化等のコンサルティングのほか、イノベーション人材の育成プログラムを中心とした各種セミナーの講師を務めている。

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