“心地よい働き方”改革コラム:第3回

〜人の“持ち味”を理解した“働かせ方”〜

03 Win-Winの“働き方”を実現する

著者:中村 俊樹氏

2018年7月20日掲載

“持ち味”をマネジメントに生かす

前回のコラムの最後に、近年の企業・組織における変化について触れました。人材の多様性の拡大や、多様なキャリアパスを持つ組織への変化、そして組織と従業員のWin-Winの関係を重視する価値観の変化についてです。残念ながら、いまだ多くの企業・組織における人事制度や人材マネジメントの仕組み、ルールや価値観は、これらの変化に対応は出来ておらず、旧来の位置に留まっているのが実態です。しかし、そのような中にあっても、従業員一人ひとりの「生産性」を最大限に高め、且つ「心地よさ」を高めるためには、企業・組織(=人事機能部門、ラインマネージャー、コーチ、カウンセラー等)が戦略実現の視点と、その目的達成に向けた許容範囲で、従業員一人ひとりの“持ち味”をより深く、正確に理解し、どのような職務を提供すべきか、どう配置し、どのようなチームを構築すべきか、どのようなコミュニケーションを取るべきかを考えていく必要があります。ここからはいくつかの人材マネジメントシーンでの“持ち味”の活用を考えてみたいと思います。

お互いの理解が「心地よさ」の鍵

先ずは「採用」での活用から考えてみたいと思います。昨今では、新入社員の早期退社が多くの企業での課題となっていますが、その原因の一つは企業・組織が、候補者の“持ち味”を十分理解し、その“持ち味”を生かせる職務を提供できるか(=「心地よさ」を提供できるか)否かの見極めが出来ていないこと、そしてどのような経験を提供し、成長の機会を得られるかを提示できていないことがあります。これまでの多くの日本企業における採用プロセスでは、企業が求めるスキルレベルの充足判定と、企業内での協働を前提とした性格判定等が行われ、入社後の配置は育成前提であまり職務とのフィットは考慮されていませんでした。そしてこれまでの採用での“持ち味”判定に用いられていた代表的なツールとして「SPI」があります。「SPI」は、心理学研究を基盤にしてはいるものの、厳密には理論的基盤が明記されておらず、その検査は総合的な人物理解を重視するもので、将来の職務遂行能力や職務適性を測るものではないところに課題があるとされてきましたが、「ProfileXT®」は、この課題に対する一つの解決方法と考えることができます。採用段階でアセスメントを利用し、自社の職務に対する遂行能力や適性を把握することで、真に必要な人材か、人材に対し組織として「心地よさ」や、将来にわたってどの様な成長の機会を提供できそうなのかを、より明確に把握し、お互いのWin-Winが見込める人材にフォーカスした採用が精度高く、効率的に実現できると考えられます。

次に「組織計画」、「配置」での活用です。先にも触れましたが、「組織計画」や「配置」においては、従業員個々のスキルや経験を管理し、配置検討に積極的に活用することが一般的となりつつあります。ここでは従来のタレントマネジメント的な、「素養」や「素質」を中心とした職務フィットの視点ではない、“持ち味”の活用を考えてみたいと思います。
恒久的な事業組織でも、プロジェクトチームのような有期組織でも、組織としての「生産性」の最大化を考えた場合、個々のポジションへの充足度の高い人材の配置だけでなく、どのような人材でチームを組むのかという、チームビルディングの視点が不可欠となります。例えばある製品企画・開発のプロジェクトチームを編成するとしましょう。キャリアの差はあっても、製品に対するマーケット知識や、技術知識・スキル、企画・開発経験が豊富な人材を集めることが成功の近道であることは間違いありませんが、“組織”(=異なる人材の集団)と考えた場合は、さらに考慮すべき要素もあります。同じ知識レベル、スキルレベルであっても、「資質」を含めた“持ち味”は大きく異なる人材もいます。例えば入手した情報を基に全体概要を掴むことに優れ、細部に囚われず決断の早いタイプの人材もいれば、細部を慎重に見極め、拙速に判断せず、客観的な判断要素を積み上げ、じっくり決断を下すタイプの人材もいます。同じようなタイプの人材を揃えれば、お互いの思考の理解も早く、スムーズに仕事が進むこともある反面、同じような思考や価値観の人材ばかりになると、問題に直面した際にブレイクスルーを得にくくなるという弊害も考えられます。つまりあえて異なる“持ち味”の人材を組み合わせることで、より良いアウトプットや生産性を期待することが出来きるケースもあります。この様な“持ち味”を踏まえたチームビルディングを考えていくことは、単に個々の「心地よさ」だけでなく、組織としての「心地よさ」を実現する上でも重要な要素であると言えるでしょう。

最後に「評価」での活用です。ここでも「素養」や「素質」を、各企業の尺度で、どう評価するかというタレントマネジメント的な視点ではなく、「評価」という業務の中での評価者、被評価者双方の「心地よさ」に着目してみたいと思います。
各企業において評価の基準や指標はガイドラインとして明文化され、評価者研修などを通じて均質な運用が行われるような工夫を通じて、評価者の違いによる揺らぎを極小化する取り組みが行われていますが、それでも個々の評価者と被評価者の関係は一つとして同じものはありません。「評価」は基準に基づいて運用される業務としての側面と共に、人間対人間のコミュニケーションの側面があり、「心地よさ」の観点では、人間対人間のコミュニケーションが、より大きな影響を及ぼすと言っても過言ではありません。そしてこの「心地よさ」を生む最も重要な点は、評価者、被評価者双方がそれぞれの“持ち味”を理解しているかにも大きく影響されます。被評価者にとって、自分が評価基準と照らし合わせどれだけ公正に評価されているかと共に、評価者がなぜ自分の思考や行動、成果をこのように捉えるのか、評価を伝え、ある時はコーチングやアドバイスを行うため、なぜこのような言葉や表現を選択するのかを理解することは、評価者との信頼関係を築き、「心地よい」環境を作り上げるための重要な要素となります。往々にしてこのようなアセスメントの結果はプライバシーに準ずる要素が強いため、人事部門と本人のみに開示され、組織内での共有はなされない傾向にありました。しかしどのような特性=“持ち味”を持っているのかに関しては、例えば評価者と被評価者の間でお互いを開示しあうことで、より個人としての“人となり”の相互理解が深まり、「評価」の様々な場面での「心地よさ」の向上に繋がることが期待されます。

ここまで3つの業務を例として、期待効果を簡単に紹介してきましたが、アセスメントツールにおける共通の“持ち味”の可視化と共有は、あらゆる業務の中での、個々人に対するカスタマイズへの活用や応用が考えられます。カスタマイゼーションのアイディアや手法の有効性は企業や組織の特性により異なるので、どのような活用が効果的かは個別の検討が必要でしょう。

例外対応から、マスカスタマイゼーションへ

このコラムの第一回目で、“働き”構造全体を理解し、「生産性向上」を実現するためには、エンプロイー・エクスペリエンスの向上が鍵となると記しました。企業が用意する制度、業務手順、運用ルール、ICTといった広義の“システム”はまさに“働き”の基盤であり、“システム”の導入や改善が「生産性向上」に不可欠な要素であることは間違いありません。これに加えて従業員個々人が自らの“働き”に「心地よさ」や「誇らしさ」といった感情的・感覚的な付加価値を感じることが出来るかが「生産性向上」、ひいては「働き方改革」の成否に大きな影響を及ぼすと言っても良いでしょう。
1990年代以降、本格化した人材の多様性の拡大や、多様なキャリアパスを持つ組織への変化、そして組織と従業員のWin-Winの関係を重視する価値観の変化といったマネジメント・ダイバーシティの潮流は、いよいよ日本企業にもトレンド化しつつありますが、これまで長らく日本企業の人事・人材マネジメント上のカスタマイゼーションは、個別案件での例外対応という位置付けであり、全ての人材の“持ち味”やニーズに合わせた運用を行う、マスカスタマイゼーションの考え方ではありませんでした。しかし今後は大量生産にオーダーメイドの要素を取り入れ、顧客の個別のニーズや要望に応えるマス・プロダクト・カスタマイゼーションと同様に、人事・人材マネジメントにも広義の“システム”の基で、従業員個々のニーズや要望に応える、言うなればマス・キャリア・カスタマイゼーションがエンプロイー・エクスペリエンスの向上のための、最も重要な要素となると言えるでしょう。

「働き方改革」実現に向けた真のチャレンジはこれから

このコラムでは、「働き方改革」、「生産性向上」に向けた各企業の取り組みの課題や、課題解決に向けた従業員個々人の“持ち味”の把握と活用を中心に話を進めてきました。日本社会の成熟や人口構造の転換、グローバル経済における日本の存在、位置付けが刻々と変わる時代に、企業における人事・人材マネジメントも旧来のフォーマットから大きく踏み出す、あるいはドラスティックな変化に挑戦する時に来ているのではないかと思います。そのような時代だからこそ、システマチックな効率化視点だけでなく、より個人の“持ち味”を深く正確に知り、“働き”の場でお互いの価値観を尊重したカスタマイゼーションを実現する人事・人材マネジメントを作り上げていくことこそが真の「働き方改革」の実現に繋がるのではないでしょうか。

執筆者略歴

中村 俊樹氏

株式会社クニエ Human Capital Management チーム シニア マネージャー
出版事業会社の企画及び情報システム部門を経て、外資系総合コンサルティングファームへ転身。人事コンサルタントとして人事部門機能再編、業務改善・プロセス設計、人材要件定義を中心に、システム企画・導入、人材情報活用支援までの幅広い領域にわたる一貫したコンサルティングを展開し、2016年より現職に至る。
近年ではタレントマネジメント、人材アセスメントを中心とした人事領域のサーベイ・分析、働き方改革推進などを中心にサービスを展開。人事領域だけでなく、企業・組織に関わる“人”を対象に、広くICTを活用した課題解決に取り組んでおり、主に自動車、運輸、流通、メディア・情報サービス、その他製造業等を中心に、人事における『幅広い』領域において知見と経験を有する。

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