タレントマネジメントコラム:第1回

タレントマネジメントとHRテック

01 タレントマネジメントとHRテック

著者:篠崎 隆氏

2016年9月8日掲載

ポイント

  • HRを取り巻く環境は新しい局面に入り、コーポレートガバナンス・コードでのリーダー選任に関する記述要件、女性活躍推進等の働き方に関する開示等が求められている
  • HRテックは、個人の人事データ及び企業の人事制度のデータをうまく取り込むことで、新しい環境下の経営の重要なプラットホームになりうる
  • タレントマネジメントが十分機能するためには、HRテックを支えるITシステム活用に加え、関係者の意識変革、人事部の体制強化といったインフラ整備が必要になる

VUCAといわれる時代の波とHR

HRテック(HR:Human Resource、人事)というキーワードが、マスコミにも登場するようになった。金融分野でのFinテックに続き、HR分野ではHRテックが重要になってきているという論調である。HRテックが登場した背景について考えてみたい。
近年、経営環境が大きく変化していることは指摘されてきたが、当然、経営の重要な側面であるHRを巡る環境も大きく変化している。HRにも、経営環境の変化に対応した、従来と違った視点が求められるようになってきている。
たとえば、リーダーシップの重要性がよく指摘される。VUCA(Volatility:変動性, Uncertainty:不確実性, Complexity:複雑性, Ambiguity:曖昧性の頭文字)と言われるような先行き不透明な時代に、グローバルに企業の舵取りをしていく上で、どのようなリーダーが必要であるかに関心が高まっている。2015年から導入されたコーポレートガバナンス・コードでは、経営陣の選任についての手続き面、内容面での記述が求められている。
また、『日本再興戦略改訂版2014』以降、政府でも女性の活躍推進が大きく取り上げられ、2015年は女性活躍推進法が成立した。他にも、経済産業省と東京証券取引所が「なでしこ銘柄」を選定するなど、働き方に対する関心は非常に大きくなっている。
このように従来の人事では想定されていなかった新しい視点での対応が必要であり、説明責任を果たす観点から、定量的アプローチの重要性がHR分野で高まっている。

データを活かすHRテック

海外の動向を見ると、人事管理、採用管理、タレント管理等、さまざまなHR分野においてITシステムを利用して、課題に対処していく動きがみられる。たとえば、ITシステム上に人事データを格納し分析することで、ますます難度が高くなる人材採用、人材の配置・育成を通じた戦力化、及び多様なワークスタイルへの対応に利用する動きである。こうした動きがHRテックと呼ばれている。
わが国では、既に多くの企業で、人事給与システムが導入されており、諸届申請の書類や給与支払い事務を人事部の手作業から開放し、ITを利用して効率化を進めてきた。今後はITシステムの利用を業務の効率化だけでなく、データ収集、分析にも利用していくHRテックのアプローチが必要になるだろう。
HRテックをプラットホームとして活用することで、個人データを収集・分析してタレントマネジメントを行うことが可能である。また、企業内で個人が活躍するのは人事制度の枠内においてであるため、企業の人事制度のデータも、特に財務指標との関係において把握し、HRテックのプラットホームに取り込んでおくべきである。

タレントマネジメントとの関係

わが国のHR分野においては、ファイナンスやマーケティングのような他の経営分野と異なり、学問に支えられた考え方が必ずしも確立されておらず、百家争鳴の状況であり、行き当りばったりのケースが一般論として語られていることも少なくない。HR部門では、KKD(勘、経験、度胸)をベースにしたアプローチが主流であり、データを収集し(Datafication)、指標(Metrics)を選択して分析し(Analytics)、それに基づいて判断を行なう(Evidence-Based Management)アプローチ(図参照)が定着しているとは言い難い。
人事施策にせよ個人のデータにせよ、データの収集体制が不十分であることが多く、収集されていても利用できる状態にないことが少なくない。
HR分野において、データに基づくマネジメントシステムが確立すれば、HRにおける定量化が効率化にとどまらず、施策のROIを測定するような効果の検証に結びつくことになろう。個人データについても、タレントマネジメントが有効に機能するだろう。市場やステークホルダーにアカウンタビリティーを果たすことのできるようなHRのアプローチが可能になる。
わが国では、成果主義がコスト削減の手段としてゆがんだ形で導入された経緯もあり、定量化にアレルギーを示す向きもある。しかしながら、客観性が重要であることは否定できず、定量的データは使い方を間違えなければ、人事のみならず経営にとっても有効なツールとなるはずである。
HRテックを活かしたタレントマネジメントが十分機能するためには、HRテックを支えるITシステム活用に加え、人事とデータサイエンス両領域の知見を背景に、HRに定量的アプローチを取り入れ、関係者の意識変革とともに、社外の専門家活用も含めた人事部の体制強化といったインフラの整備が必要になるであろう。

(図)HR分野における定量的アプローチ

執筆者略歴

篠崎 隆氏

株式会社ISIDビジネスコンサルティング ユニットディレクター。
野村證券の経営企画及び法務セクションを経て、米国系人事コンサルティング会社で経営者報酬コンサルティングビジネスに携わる。現職では新たにデータを利用した人事に取組んでおり、人事部門の体制についても知見を持つ。2015年より、一般社団法人研究産業・産業技術振興協会の研究会委員を務める。
日本証券アナリスト検定会員。東京大学法学部卒業。Harvard Law School修了(LL.M)。多摩大学院ビジネスデータサイエンスコース修了(経営情報学修士)。主な共著に、「米国のコーポレート・ガバナンスの潮流」(商事法務)、「コーポレート・ガバナンスと企業パフォーマンス」(白桃書房)、「OECDコーポレート・ガバナンス」(明石書店)、「経営者報酬の実務詳解」(中央経済社)等。

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