経営・組織・人材戦略の基本フローとストーリー(筋書き)化:第2回

クラウド経営時代のダイナミックなストーリーライン(筋書きと線引き)としての経営・組織・人材戦略

02 価値観に根づいた『基軸』としての経営理念、『志』としてのビジョン
〜理念、ビジョンは想い、思うことから始まる。それは、創造の場をつくるエンジン(動力源)〜

著者:柳原 愛史氏

2010年12月27日掲載

情報資源獲得の容易さにともなう組織や個人のいだく価値観の多様化の進展

ある総合研究所のホームページに「未来年表」というものがあります。ここで「スマート」というキーワード検索を行いますと、2050年までの未来に全世界レベルで起こりうる「スマート」という言葉が入っている新聞記事の見出しが瞬時にアップされます。このサイトを閲覧して感じることは、地球が小さくなって、地球サイズでの変化が世界各地で同時多発的に勃発しているということです。実際に、全世界レベルでのクラウドコンピューティング社会の進展が、ナレッジ(知識)のコモディティー化(差・違いが不明瞭化、なくなること)と情報資源獲得の容易さを加速させていますが、それゆえに、かえって組織が知感し、個人がいだく価値観の多様化がより重視され、進展するものと思量します。

一方、これまでの企業では「儲ける」という側面で利益や時価総額を重視してきましたが、リーマンショックもあいまって、行き過ぎた金融資本主義そのもののあり方が見直されてきています。利益創造など会社貢献のみならず、会社が存在する社会や環境への貢献にも経営の軸足を置いて、『社会貢献』と『会社貢献』を両立させる企業が世界の至るところで出現しています。

経営・組織・人材戦略の起点・基軸としての理念、事業の基本方向の意志決定としてのビジョン

「経営・組織・人材戦略」のストーリーラインの『起』点は、企業理念・経営理念ですが、「理念」群は、経営者もしくは経営層自らが超長期にわたる「価値観」として想い描くものです。そして、それをありたい姿として経営層のみならず管理層までが思い考え、事業の基本方向を意志決定する「中期ビジョン」として声明し、それぞれの経営活動や領域における「中期事業計画」に展開して、ビジネス活動の選択と集中を行うことが、ストーリー(筋書き)化、ライン(線引き)化そのものです。また、これらのストーリーラインにある各々要素が、経営層、管理層にとどまらず一般層までの多層の組織、人材それぞれに創造の場と力を与えるエンジン(動力源)として機能して行く必要があります。

そのために、先ずは、理念を所属するメンバーに体内化させて、職務活動に植えつけていくことが重要となってきます。理念自体が、床の間にある掛け軸にある静止画の「動かぬ虎」にとどまることなく、そこから抜け出た動態画としての「動き回る虎」として自転していくべきなのです。そして次に、中期ビジョンを構想していく思考のスタンスは、足元の結果を描く左脳思考によるものではなく、「夢を持てる、希望がわく、方向性が示される」ことに思い馳せ、右脳思考に重きを置きます。そして、経営層や管理層は、自らの内からほとばしる思いを込めて、彼らの責任と信念のもと、形式知、ひいては暗黙知として共有する「喜び」「幸せ」を高らかにステートメントとして仕上げていくことが重要です。

経営層や管理層は、所管する組織の最も卓越したビジョンリーダーとして、ビジョン構想段階では、他のメンバーとともに創造的関係、創造的対話を行う責任があります。これらのプロセスでの対話の「場」が、一連の企業理念・経営理念を動態的でダイナミックにして、点から線、線から面へとその浸透を深めていくことにも繋がってきます。これまで述べてきました中期ビジョン、中期事業計画は、経営層、管理層、一般層の多層において共有するべき価値観の母集団とも言えます。

パタゴニア社の精神『社員をサーフィンに行かせよう!』にみる理念の独自性、多様性

企業理念・経営理念は企業・事業体によっては、独自的、類似的な策定も多々見られます。代表的なものとして、ジョンソン・エンド・ジョンソン社の経営哲学 「わが信条(Our Credo)」、IBM社の市場創造哲学「IBM WAY」が挙げられますが、どれも、インター(社会性を帯び会社貢献する)で、エターナル(永続性、永遠性)なる理念を志向していると思われます。

今回のコラムでは、常識を覆すような「破」常識の新しいビジネスを世界に訴え、経営の持続可能性のモデルとして、組織・人材が互いに相まって共に成長を持続しているパタゴニア社の理念の実例を取り上げてみます。私も愛用する世界的ブランドとして親しまれているアウトドア衣料メーカーのパタゴニアブランドですが、米国本社は太平洋を望むベンチュラに、日本支社は鎌倉市にあります。この会社の創業者でありオーナーであるイヴォン・シュイナードは著作のなかで、これらの地に拠点を構えた理由を社員がサーフィンに行きやすい場所だからと述べています。

彼が会社の精神として「社員をサーフィン行かせよう」と言い出した理由は、「責任感」の醸成、「効率性」の追求融通を利かせること」にみる生活や仕事のスタイルの柔軟性、「協調性」の機能、「真剣なアスリート」の雇い入れと引き止めですが、会社としての「フレックスタイム」や「ジョブシェアリング」の基本的な考え方を具現化したものに他なりません。(「社員をサーフィンに行かせよう」イヴォン・シュイナード著 森 摂訳 東洋経済新報社2007より引用)

そして、この会社の上述した精神のもとに作られた理念(フィロソフィー)が他社のそれとの大きく違う点は、製品デザイン、製造、販売、イメージ、人事、財務、経営、環境の各部門に適用される多様性の価値観を声明したことです。言い換えると、同社の理念(フィロソフィー)はよくあるひとつの共通の価値観としてのものではなく、組織とそれが持つ機能の多様性にこたえています。アウトドアを中心としたウェアをデザイン、製造、販売、後方支援するプロセスを担う各々部門領域の固有の理念として、それぞれの組織と人材を動態的に導くために、具体的に書き表されているのです。

部門の一例を挙げると、「製品デザインの理念」では、イヴォン・シュイナードはこのように記載しています。『ミッションステートメントの冒頭に掲げられた「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える・・・・」は、パタゴニア社の存在理由(レゾンデートル)にして、企業理念の礎と言えます。このステートメントには、「そもそも私たちは、最も品質の優れた製品を作りたい一心から、ビジネスを始めた。製品を原動力とする会社なので、製品がなければ当然ビジネスは成り立たないし、ミッションステートメントに記載された課題や目標もなんら意味を持たない。品質の優れた実用的な製品があるからこそ、実世界にしっかりと錨を降ろして、使命を拡大していける。」という信念が込められているのです。』と。(「社員をサーフィンに行かせよう」イヴォン・シュイナード著 森 摂訳 東洋経済新報社2007より引用)

理念に必要とされる動態性を担保するための「揺動」「作用」 としての運用方法

(1)経営層自らが高潔な目的を社員に示す伝道師となる

経営層は理念や哲学を社員に強要するのではなく、そこに集うメンバーとコミュニケートして、声明・発信して、それらを彼らの腑に落とさせていかなければなりません。私は、自身の経営幹部としての経験を通して、経営層の高い志(信念)に根ざした理念が企業、組織、そして個人の領域で基軸となり、それぞれの部門、責任単位での中期ビジョンを声明、発露することを促進させ、そしてそこに集うメンバーがワクワクできる内発的な動機づけを可能にするものと確信しています。

また、現下の不透明で不安な状況という逆境の中、今こそ、経営層が高潔な目的としての理念をメンバーに大きな羅針盤として明快に示してほしいものです。なぜならば、上述したように、多くのメンバーの心を大きく揺り動かす理念は、えてして、経営層が心揺れ動く「逆境」の時にこそ創造できるからだと推察しているからです。前述したパタゴニア社でも、1991年に発表された「地球白書」に根ざして、創業者をはじめ経営幹部が、自社が持続不可能な成長に頼っていないかの自己点検を始めるために、現実のアルゼンチンにあるパタゴニアの山岳地を訪ね、同社の価値観を自問自答するために 歩き回り(MBWA:Management By Wandering Around)、なぜビジネスに携わっているのか、どんな会社にしたかったのかを内省しているのです。さらに考えを深めていくと、企業の持続的業績向上にみるコントロール出来ない成長こそが、これまでの企業経営、組織、人材を主導してきた価値観を危険に晒しているのではないかとした素朴な仮説が思い沸いてきます。即ち、経営目的・存在価値はある意味では、経営層の高潔で超長期にわたる理念の表れとして、成長プロセスの節目で社内外に問い続けていくべきではないでしょうか。

現下の世界に目を向けると、国連ミレニアム宣言(国連ミレニアムサミット:2009年9月ニューヨーク)にある「平和と安全、開発と貧困、環境、人権とグッド・ガバナンス(良い統治)、アフリカの特別なニーズ」等の課題、21世紀の国連の役割に関する明確な方向性や、ミレニアム開発目標(国連ミレニアム宣言と1990年代開催の主要国際会議・サミットで採択された国際開発目標を統合)に含まれる「地球に対する受託責任(スチュワードシップ)、持続可能性(サスティナビリティー)」といった世界共通の枠組みをも、自らの企業理念、経営理念に組み込んだ、尊敬に値する地球企業が続々出現しているのも事実です。さらに、この国連ミレニアム開発目標に同期したように、マーケティング領域でも、フィリップ・コトラー博士のソーシャルマーケティングにある「人間主導」のマーケティング3.0論が打ち出されました。共通の枠組みと同時に価値観の多様化が進む中で、企業や事業体が持続的成長して、未来に生き残っていたくためには、自社の戦略を明確化し、事業ドメインのもと、次代を見通して、選択と集中を適切に行い、それぞれの領域に貢献し続けていかなければならないと思量します。

(2)理念が期待する職務活動を探索・意味形成し、評価要素に展開、運用する

下図は、ある企業の理念群や中期ビジョンの声明内容を価値ある職務活動のガイドラインとして位置づけ、評価要素へと導出した展開図【実例】です。実際には、期待行動を示すキーワードをマトリックス表に基づいて探索し、それを人事評価の重要な要素として抽出、形成しました。このように、経営層の意思、期待としての理念や中期ビジョンをそこに集うメンバーが確実に職務活動に展開して、理念群が発露する期待を実現していくことを主目的と考えましたが、企業や組織、人材における理念の浸透という「動態性」を担保する重要施策とのひとつと考えています。

経営理念の人事評価システムへの展開図【実例】

〜理念・中期ビジョンと中期事業計画の筋書きと線引き〜
中期事業計画にある事業ドメインは理念や中期ビジョンを根っことしたものに他ならない

理念は堅苦しい規則ではなく、ガイドライン(指針)である、羅針盤のごとく大きな地図に相当するものです。どんな中期事業計画、課題、目標、プロジェクト活動に取り組む際にも礎となるものであり、『石のごとく不動のもの』です。永続企業をみると、ビジネスのやり方は変わっても、価値観、文化、理念は普遍的であり、不変的です。そして、同じ価値観に従って行動し、各々理念を知り、感じ、考え、動くことで私たちは共通の目的に向かってひとつにまとまり、効率性を高め、意思疎通の不足から生じる混乱を未然に防いできました。言い換えると殆ど前触れもなく劇的に地形や環境が変わるビジネスの世界において、唯一頼りにできるものです。

P.F.ドラッカー博士は、下記のように著書で論じています。「・・・イノベーションに成功する者は、右脳と左脳の両方を使う。数字を調べるとともに、人を見る。機会を捉えるには、いかなるイノベーションが必要かを分析をもって知る・・・」と。(「イノベーションと企業家精神」P.F.ドラッカー著 小林宏治監訳 ダイヤモンド社1985より引用)下図は、売上高は企業・事業体の永続的発展にとっては欠かせない「儲ける」の代表的な指標です。左脳思考で定量的に考えると、単一の勘定科目でしかありませんが、右脳思考で定性的に考えると、顧客、商品(製品・サービス)、技術、人材の領域、即ち事業ドメインとしての新規と既存深耕の思考という切り口が形式知化されてきます。逆説的にみますと、売上高の達成は、顧客に対して、何を、どのような方法で提供する人材をつくるということに置換でき、理念群、中期ビジョンを構想、策定する際の重要な因子ともいえるわけです。

執筆者略歴

柳原 愛史氏

立命館大学法学部卒、イオン株式会社およびイオングループミニストップ株式会社を経て、学校法人産業能率大学入職。
現在は、成果開発・成長創発型人事システムの構築導入・運用定着・運用改善に関するコンサルテーションや、幹部選抜・育成のためのアセスメント、マネージャー育成のための教育研修等に携わる。

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