ダイバシティマネジメントの方向性:第1回

これからのダイバシティマネジメントの方向性〜人事戦略・ワークライフバランスの取り組み課題と事例〜

01 ダイバシティ推進で「働き方の変革」を目指すには
〜企業にとってのワークライフバランス支援の取り組みの必要性〜

著者:高田 靖子氏

2010年1月29日掲載

ここ数年企業で取り組まれるようになったダイバシティ・マネジメント(Diversity Management)とは、個人や集団間に存在するさまざまな違い、すなわち『多様性』が企業の売上げや発展に貢献し競争力の源泉となるという考えに基づいている。多様性に基づくマネジメントは、「資源の獲得」「マーケティング」「創造性」「問題解決」「企業システムの柔軟性」において優位性が発揮されるだけではなく、「経営全般におけるコスト」においても優位性を発揮する。まさに事業の成長そのものを促す機会において、組織全体を変革しようとするマネジメント・アプローチそのものである。

ダイバシティ・マネジメントは、単に女性や少数派のみを対象とするのではなく、「個人」「人間関係」「組織」といった3つのレベルを対象としており、組織文化やそこに関与するすべての人々が、このプロセスにかかわることを前提としている。ダイバシティ(多様性)を広義で捉えると、「人種」「性別」「宗教」「国籍」「障害」など、個人や集団の間で違いを生みだす可能性のあるあらゆる要素と考えられる。

また、ダイバシティ・マネジメントは実際に取り組む上での問題点やその解決策を見い出すプロセスに意義があり、そこには、あらかじめ決められた手続きや数値目標が存在しないため長期的な観点が求められる。そのために、会社のトップや人事担当者は、日々のマネジメントや研修の場を通じての支援を積極的かつ継続的に行う必要がある。

企業はなぜダイバシティ・マネジメントを推進する必要があるのか?

(1)女性の労働力率の上昇にともなう働きやすい職場づくりと能力発揮のしくみづくり

女性の労働環境について、いくつかのデータを紹介する。
2003(平成15)年の総労働力人口は6,666万人であるが、年齢構成の内訳は、15〜29歳が21.6%、30〜59歳が64.3%、60歳以上が 14.1%である。厚生労働省の推計によれば、総労働力人口は、2005(平成17)年の6,770万人をピークに減り始め、2025年には6,300万人になると予測されている(ちなみに2008年実績値は6,650万人となっている)。年齢構成の内訳は、15〜29歳が17.1%、30〜59歳が 63.2%、60歳以上が19.7%と、若年層の労働力が減少して60歳以上の労働力が増加していくという、労働力人口の高齢化が示されている。(図表1 参照)

(図表1)労働力人口の推移と見通し(H16年少子化社会白書より抜粋)

性・年齢別に労働力人口の将来推計をみると、男性の労働力は、2005年をピークに減少し始め、2025年には3,631万人になると見通されている。一方、女性の労働力も、2025年をピークに減少するが、その減少幅は男性より少なく2025年には2,665万人になると見通されており、このことからも女性労働力率は今後高まるものと思われる。(図表2参照)

(図表2)性・年齢別労働力人口の将来推計(H16年少子化社会白書より抜粋)

1997(平成9)年以降、共働きの世帯数が男性雇用者と無業の妻からなる片働き世帯数を上回っている。これは、世帯夫婦において働く事の役割や貢献のあり方が変化し、結婚後も女性が就業し続けることが増えている事による。しかし、こうした状況にも関らず、仕事と生活の両立支援や保育所不足など子育ての環境が整備できていない厳しい現状がある。(図表3参照)

(図表3)共働き等世帯数の推移(H18年男女共同参画白書)

3つの図表が示した労働人口の将来推計からみた女性の労働力率の上昇や共稼ぎ世帯の増加は、言うまでも無く“女性労働者の増加”である。今や多くの企業で法定内の両立支援制度が導入されているが、「運用がうまくいっていない」という声をよく聞く。制度があっても活用し難い職場風土に起因することが多く、活用し易い職場づくりのための支援や啓蒙が必要となっている。

また、総合職や一般職の女性社員に「もっと活躍して欲しい」との会社側の意向から能力開発の機会提供に取り組む企業が増加しており、女性ビジネスリーダーや女性管理者育成を急務と感じている企業も増えてきている。

(2)「働くこと」の価値観の変化が「働き方の変革」を求めている

女性の雇用者が増加し、高齢者の雇用も進展し、さらに最近では国籍を問わず多くの外国人が日本人と一緒になって働いている。まさに雇用者の多様化により、正規従業員を中核としその他の労働力が周辺的にサポート業務を担っている昔ながらの職場はだんだんと少なくなっている。

また、目で見てわかる雇用者の多様化以外に、より深層にある“価値観の多様化”がいつの間にか進展し、驚くような労働観や考え方をもっている人材が職場には沢山いるようになってきた。「オンリーワン」という言葉に象徴されるような「ゆとり教育」世代など、個性の尊重を謳った教育を受けた若者(極論を言えば自己中心主義者)たちが多く職場に入ってくる時代である。さらに、働く人がもつ“意欲や意欲の源泉も多様化”している。「みんなが求める昇進や昇給ではなく、私は自分の自由な時間がほしくて働いていて、面倒な仕事はやりたくない」「他人とは違う自分の仕事ぶりだけを見てほしい」なども価値観の多様化傾向と言える。こうなると“これまでの働かせ方では社員は働かない”状況となり、組織としても「働き方の変革」をせざるを得ない状況となっている。

新しい報酬としてのワークライフバランス

企業はこれまで社員に意欲的に働いてもらうために、様々な「報酬」を提供してきた。そして、企業は社員が仕事や会社に求めるものの変化に対応するために、賃金アップや労働時間短縮、週休2日制、さらにはキャリア支援など、社員への「報酬」を変えてきた。

しかし、現実には近年までの企業の対応は、「仕事中心の“ワーク・ワーク社員”が仕事や会社に求める事への対応」を中心にしたものであったと思われる。結婚や出産を契機に女性が仕事を辞めることで、社内には仕事一辺倒の独身男女と、専業主婦を妻とする男性が多かったからである。ところが今は、30代以下の世代を中心に、ワーク以外にやりたいことや取り組まなければならないことを持った“ワーク・ライフ社員”が増えてきている。育児・介護・ボランティア・夜間大学院での勉強などがそれである。その結果、会社が社員に求める働き方が、旧来の“ワーク・ワーク社員”を前提としたものであると、“ワーク・ライフ社員”は「ワーク・ライフ・コンフリクト(仕事と私生活の対立)」に直面し、社員は仕事にも意欲的に取り組めなくなってしまう。もちろん、今も“ワーク・ワーク社員”もいるが、多くの社員がワークライフバランス支援こそが「新しい報酬」と捉えつつある。

ワークライフバランス社会へ「多様な働き方」を支援する

図表4は、東京大学社会科学研究所佐藤博樹教授による「3つの取り組みからなるワークライフバランス支援」の概要である。

ワークライフバランスがとれている状態とは、「会社や上司から期待される仕事、あるいは自分自身が納得できる仕事に取り組め、なおかつ、仕事以外のやりたいことにも必要な時間を割けている状態」のことをいう。逆に、会社や上司に求められている仕事、あるいは自分自身が納得できる仕事をやろうとすると、仕事以外のやりたいことに取り組むことができなくなってしまう状態が「ワーク・ライフ・コンフリクト」である。

ワークライフバランス支援とは、社員がワーク・ライフ・コンフリクトに陥らないように予防し、万が一陥ってしまった場合、できるだけ早く脱出できるよう支援することであり、いわば“社員に意欲的に働いてもらうための環境整備をしっかりと進める”事に他ならない。

多様な価値観、生き方、ライフスタイルを受容できる職場作りを土台として、「時間制限」のある“ワーク・ライフ社員”を前提とした仕事のマネジメントを実践すること、ワークライフバランス支援のための制度の導入と制度を利用できる職場作りを醸成することこそが「多様な働き方」を支援することに繋がる。いずれにしてもこの実現は、職場の管理者のマネジメント力にかかる部分が大きく、管理者への意識付けはもちろん、その取り組みへの支援体制・仕組みの整備がこれまで以上に求められる。

3つの取り組みからなるWLB支援
(図表4)3つの取り組みからなるワークライフバランス支援
(参考:2009年3月開催産業能率大学フォーラム2009「働き方の変革」
東京大学社会科学研究所 佐藤博樹教授ご講演資料より参照)

参考文献

  • 谷口真美『ダイバシティ・マネジメントー多様性をいかす組織』(白桃書房 2005年)
  • リクルートHCソリューショングループ『実践ダイバシティマネジメント何をめざし、なにをすべきか』(英治出版 2008年)

執筆者略歴

高田 靖子氏

1987年学校法人産業能率大学に入職。企業内研修、コンサルテーション等の企画コーディネートを担当。99年以降、男女雇用機会均等法改訂以来、企業内における女性社員活躍推進の案件に多く携わる。最近では、ダイバシティマネジメントおよびワークライフバランスをテーマとした快適職場づくりのための組織変革などに携わり、女性管理者育成のしくみづくりや女性社員の能力発揮、モチベーションアップ、支援型マネジメント等の能力開発の支援に従事している。

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