人事労務デジタル化コラム:第4回

人事労務分野のデジタル・ガバメントとは ~人事担当が押さえるべきポイント~

04 従業員ライフイベント関連のデジタル化

著者:小菅 優太

2022年6月21日掲載

人事労務デジタル化コラムと題してご紹介してきたこのコラムも、今回で最終回です。今回は、従業員ライフイベントに関するお話をしたいと思います。つまり、従業員の結婚、出産、引っ越しなどに関係するものです。
今回のテーマで注目したいのは、「e-Tax(イータックス)」や「eLTAX(エルタックス)」などのような既存のシステムをマイナポータルに置き換えるのではなく、ゼロからシステムを構築する、まったく新しいデジタル化が行われるということです。具体的にどのようなことなのか、詳しくご説明していきます。

現状

皆さまの会社での業務、またご自身の経験から、結婚、出産、引っ越しなど人生の転機が起こった時に、社内でどのような手続きをしたか、思い出してみてください。転居届への記入、通勤経路の変更申請、結婚や家族の扶養の届出、などなど…、様々な書類を提出する必要があると思います。社内システムを用いて電子的に提出できるものもあれば、まだ紙に書いて提出しなければならないものもあるのではないでしょうか。
こうした手続き書類の入力や記入には、意外と時間がかかるものです。正直に言うと「面倒だな…」と感じたことがある方も多いのではないでしょうか。例えば、役所にすでに提出済みの新しい住所などの情報を会社に連携できれば、手間も省けるような気がします。

将来像

そんな「あったらいいな」を叶えてくれる可能性があるのも「マイナポータル」です。現在「マイナポータル」で提供しているAPIには以下のようなものがあります。
その中でも、名称に「取得」という文字が入っているNo.4~7のAPIが、役所など行政機関が保有している情報を外部に連携できる手段として提供されています。

(※No.1の「社会保険・税手続申請API」に関しては、第2回(社会保険)第3回(税)で詳しくご説明しています。)

ではNo.4~7それぞれでどのような情報を連携できるのでしょうか。そして、それが人事業務にどのようなメリットをもたらすのでしょうか。一つひとつ見ていきたいと思います。

  • No.4 就労証明書様式取得等API

就労証明書の作成をデジタル化するAPIです。前提として就労証明書がどんな時に必要かと言うと、わかりやすい例として、保育所の入所申し込みをする際などに「保育の必要性」(つまり、働いていてお子さんを保育所に預ける必要があるということ)を認定してもらうために使います。働いていることの証明ですので、この書類を作成するのは会社です。
しかし現状では、就労証明書のフォーマットが各市区町村で異なるため、以下のような手順が必要です。

現状

  • 従業員は、居住地の役所で就労証明書の用紙を取得したり、ウェブ上にフォーマットが公開されている場合は、ダウンロードして印刷したりする。
  • 従業員は、上記の用紙を人事担当者に送付して、記入を依頼する。
  • 受け取った人事担当者は、用紙に必要事項を手書きで記入する。
  • 人事担当者は、記入した就労証明書を従業員に返送する。
  • 従業員は、記入された就労証明書を、各自治体に提出する。

そのため、従業員や人事担当者は出社してやり取りを行わなければならなかったり、1枚ずつ手書きのため記入の手間がかかったりしているのが現状です。

一方、このAPIをシステムに組み込むと、以下のような手順に変わります。

将来像

  • 従業員は、システム上で発行依頼の申請を行う。
  • 申請を受けた人事担当者は、全国の各市区町村が公開している就労証明書のフォーマットを、システムからデータとしてダウンロードする。
  • 人事担当者は、電子データとして就労証明書を作成する。
  • 人事担当者は、作成した就労証明書データをシステム上で従業員に送る。
  • 従業員は、記入された就労証明書を各自治体に提出する。
  • 提出先の自治体がマイナポータルでの電子申請に対応している場合は、ペーパーレスでの申請が可能です。

つまり、事務処理をデジタル化し、システム上でやり取りが完結するというメリットがあります。このAPIについて、お客様にご意見を伺う機会がありましたが、総じて「これが実現したら便利。いいと思います」と太鼓判を押していただきました。「証明書の作成業務に意外と多くの時間を割いている」という声も聞きますので、業務効率化という観点からも期待できます。

また、各市町村の就労証明書のフォーマットを管理して、例えば「事業主名」という項目には「○○データのXX」という項目をセットするなどと定義すれば、人事担当者は入力する手間がほぼなく、できあがった就労証明書の確認くらいで済むような未来も描けます。

  • No.5 自己情報取得API

行政機関に保持されている自身の情報を取得し、連携できるAPIです。2022年4月現在、61種類の情報を取得することができます。いくつか例を挙げると、前年分までの所得、社会保険や雇用保険の被保険者情報などを取得できます(※取得できる項目の詳細は、マイナポータルの仕様公開サイト別ウィンドウで開きますで公開されています)。

しかしながら、現状では一番取得したい「基本4情報(氏名、住所、生年月日、性別)」を、このAPIで取得することはできません。61種類の中身を確認してみましたが、喉から手が出るほど欲しいという情報は、現状では見当たらないといった印象です。

筆者の個人的な意見になりますが、会社に以下のような届出をする際に情報が連携されれば、入力の手間が省けて便利だと思います。

  • 引っ越した時に、引っ越し先の新住所が連携される
  • 子どもが生まれた時に、役所に届けた名前、生年月日、性別が連携される

現在、上記のような情報が取得できないのは、セキュリティ上の課題などもあるためと想像していますが、将来的に実現されれば良いなと感じています。加えて、取得した情報がマイナポータルから取得したもので、改ざんされていないという証明を行う仕組みを整えることができれば、戸籍謄本や住民票の写しなどの提出も不要というところまで実現できるのではないでしょうか。
出生届や転入届など行政側のデジタル化も考えていただく必要がありますが、遠くない未来に、役所への届出も会社への届出も、家に居ようが旅先でワーケーションをしていようが、24時間365日、時間や場所を気にせずに完結できる世の中が待っているかもしれません。このAPIは、すぐになにかの利便性向上や効率化に繋がるというよりは、将来性のあるものだと捉えています。

こういった話を聞くと、「自分の情報が勝手に取得されたりしないのか?」と不安になる方もいらっしゃるかと思いますが、マイナンバーカードによる本人確認を行い、情報の連携に同意しない限り取得されることはありませんので、ご安心ください。

  • No.6 医療保険情報取得API

医療機関で支払った医療費と薬局で処方された薬剤の情報や、特定健診の結果などを取得できるAPIです。
正直なところ人事業務の中で、直接的にこのような情報が必要な場面はあまりないかと思います。活用の道があるとすれば、社内ポータルサイトのマイページにこれらの情報を表示し、健康増進に役立てるなど福利厚生面での活用が一例として考えられます。
政府としても、経済産業省が「健康経営」の取り組みを推進しています。取り組んでいる企業の実例や、「健康経営」が会社の経営にどのように寄与するのかなどがまとめられている資料が経済産業省のWebサイトPDFを開きますにあります。ぜひご覧いただき、将来的にどう取り組んでいくか考えてみるのもよいかもしれません。

  • No.7 お知らせ情報取得・民間送達サービス保有情報取得API

民間企業が保有する情報を、マイナポータル経由で取得できるAPIです。
活用事例として、保険会社などが発行する控除証明書の電子データによる取得が挙げられます。2020年10月から、年末調整の際に会社に提出する控除証明書に関して、従来の紙での提出に加えて電子データでの提出も法的に認められたことにより、活用が始まりました。

電子データの入手方法は、次の2通りあります。

  • 各保険会社のマイページなどからダウンロードする
  • マイナポータルからダウンロードする

このAPIを年末調整の申請を行うシステムに組み込むと、「②マイナポータルからダウンロード」をシステム内でワンストップに行い、証明書を会社に提出することができます。「①各保険会社のマイページなどからダウンロードする」方法では、契約している保険会社のマイページに一つひとつログインしてダウンロードしなければなりませんが、APIを使うと一括でダウンロードできるというメリットがあります。

このAPIそのもののメリットではありませんが、従業員から電子データで証明書を提出してもらうことによって、紙の時と比較して誤入力が減り、人事担当者のチェック作業の省力化に繋がっているとの声もあります。紙の証明書と年末調整の申告書を照らし合わせて、誤りがないか確認する作業は、なかなか手のかかる作業です。デジタル化による業務効率化のメリットがあると考えられます。

実現可能性はいったん脇に置くとして、現在の活用事例以外にも、さまざまな活用が考えられます。例えば、転職した時に前職の源泉徴収票を転職先に提出することは一般的だと思います。その際に、このAPIを用いて源泉徴収票を転職先に連携するなどできれば、入社処理のデジタル化に繋がったりもするのではないでしょうか。

まとめ

今回は従業員ライフイベント関連のデジタル化について、ご紹介しました。

このテーマに関しては、すぐに対応しなければならない義務があるものではないですが、対応すれば利便性が向上したり、業務効率化により労働時間を減らすことができたりと、豊かな生活を実現できる可能性を秘めています。メインストリームの業務に加えて、意外とこうした付随業務を減らしていくことも重要、かつ働き方改革につながるのではないでしょうか。

現状やらなければならないことに目が向きがちですが、システムを提供する立場の身としては、システムが人々の生活を豊かにするものであることを自覚し、それを使うお客様が「本当にその人がやらなければいけないこと」に集中できる世の中をデジタル化によって実現させていきたいと考えています。

執筆者略歴

小菅 優太

株式会社電通国際情報サービス
HCM事業部製品企画開発部 シニアエンジニア 兼 社会保険労務士
新卒で入社以来、大手企業向け統合HCMソリューション「POSITIVE」の開発に従事。
2019年に社会保険労務士試験に合格後、社会保険労務士として登録。給与管理システムの開発を主に担当し、法令面でのアドバイスやユーザー向けセミナーでの講演なども行う。
また社内の人財育成にも取り組み、近年ではコロナ禍における組織のあるべき姿について探求している。

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