「生産者の哲学」をブロックチェーンで可視化。エシカル消費先進地フランスで実証実験ブロックチェーン実証実験・スペシャルリポート(後編)

安心・安全な農作物の生産に取り組む農家の思いをブロックチェーン技術を用いて可視化することで、付加価値を高め、エシカル(倫理的)消費を後押ししようと実証実験に取り組んできたISID。トレーサビリティーに加え、「生産者の哲学」が消費者にどう評価されるかを確認するため、宮崎県綾町で無農薬でのワインづくりに取り組む「香月ワインズ」のワインを、エシカル消費が成熟したフランス・パリのレストランで提供することになりました。

新しいものが好きなパリのレストラン

5月の実証実験を数カ月先に控え、鈴木はパリで、実証実験に協力してくれるレストランを探していました。
「ソムリエはお店の料理に合ったワインを選びます。日本のワインを持って行って、これを出してほしいんですと言っても、なかなか理解してもらなくて」
そんな鈴木の売り込みを、「面白いじゃない」と受け入れてくれたのが、ゼブラのオーナーであるカレーック氏でした。
カレーック氏は「ゼブラはオーガニック食材を積極的に使っているし、新しいものに抵抗がないお客さんが多いの。パリで最初に日本ワインを取り扱う店になるのも面白いと感じました」と笑顔で話しました。そして、実証実験を告知するチラシを作成したり、自ら知人に声を掛けるなど、多大な協力をしてくれました。

新しいものに抵抗がないゼブラのお客さん

世界で初めて運用される新しい技術

実証実験当日、ISIDとシビラのメンバーは数時間前にレストランに到着し、準備を始めました。実証実験では香月氏のワインを評価してもらうほかに、ISIDとシビラが共同開発した「トークンエコノミープロトコル(TEP)※1」を、初めて一般向けに運用することも計画されていました。これは、世界でも例のない取り組みです。ブロックチェーンからは、さまざまなトークンを生み出すことができます。
シビラの藤井氏は「望ましい行動やあるコミュニティーの貢献に対してトークンを付与し、そのトークンが価値を持つならば、新たな価値体系や経済圏構築が可能になります」と説明しました。
「トークンエコノミー」と呼ばれる新しい経済圏の構築を提唱する動きが勃興する中で、2017年には、トークンの発行によって資金調達するスタートアップも相次ぎました。しかしその一方、お金と引き換えに手に入れたトークンの使い道がなかったり、資金を得るために価値の上昇が見込めないトークンを売り出す詐欺行為も続出しました。

藤井氏は、現在のトークンの問題点をこう説明します。
「インターネットは『http』などの共通のプロトコルによって、アプリケーション間の連携がスムーズになり、誰でも使えるものになりました。ブロックチェーンには基本ルールの意味合いを持つ共通プロトコルがないので、アプリやトークンの価値や透明性を判断するのが極めて困難です。エンジニアがアプリを開発しやすくなり、透明でフェアな環境が構築できるよう、TEPを開発することにしたのです」

利用者の心理的障壁えお下げるために「アニメ」を活用

夕方5時近くになると、ゼブラには続々とお客様がやってきて、5~6人が座れる5つのテーブルが埋まりました。カレーック氏は知っている顔を見つけると、香月氏に声を掛け紹介しました。
いよいよ実証実験の始まりです。

来店客が香月氏のビオワインを飲むと、「エシカルな行動をした」と認定され、SDGsトークンが付与されます。今回の実証実験ではトークンの受け取りにハードウエアウォレットを活用することにしたのですが、お客様に用意してもらうのは現実的ではありません。そこでISIDは、スマートフォンにかざすことで通信可能なNFC対応ハードウエアウォレット※2をこの日のために準備しました。 このハードウエアウォレットには、利用者がSDGsの概念を学び、トークンを受け取る心理的な障壁を減らすため、アニメの要素を盛り込みました。 SDGsには持続可能な世界を実現するための17のゴールがあります。ISIDはそれぞれのゴールをイメージしやすいよう、それらを擬人化したフィギュアをウォレットのデザインにしました。
「実証実験の参加者は、自分たちのエシカルな行動がどのゴールに貢献しているかを考え、対応したウォレットとトークンを受け取ります。技術的な仕組みを完璧に理解できなくても、どんな活動に参画しているのか直感的に感じ取れるようにしました」(鈴木)
このハードウエアウォレットをNFC対応スマホにかざすと、自動で専用プラットフォームが起動し、該当トークンを獲得したことが表示されます。藤井氏は、「ポケモンGOのように、各ゴールのトークンを集めて楽しむといったゲーム性も考慮しました」と説明してくれました。

フランスで受け入れられている日本のアニメ文化をハードウエアウォレットに

それぞれの目的のために

香月氏がテーブルを回り、ワインについて意見交換をしている間、鈴木はiPadを使って、実証実験の技術的側面を説明しました。 藤井氏はシステムが順調に動くか、日本のエンジニアとリアルタイムで連絡を取りながら、様子を見守っています。 ハードウエアウォレットを目にした参加者は、好奇心いっぱいの様子でそれを手に取り、スマホにかざしました。 あるテーブルでは、ワインを手にしたお客様たちが「SDGsの17のゴールのうち、一番重要なのはどれだろうか」と激論を交わしていました。 赤ワイン、白ワイン、そしてオレンジワイン。50本持ち込んだワインの大半が空になり、実証実験は終わりました。

ワインについて意見交換をする香月氏

段階的に理解してもらう設計が課題

長い時間をかけて準備してきた実証実験。メンバーたちはどんな成果を得たのでしょう。 「何かにつながるはず」と、開店前に話していた香月氏はお客様が去った後、「本当に勉強になりました」と興奮冷めやらぬ表情で語りました。
「みんな率直で非常に熱心にアドバイスをしてくれました。赤ワインはもうちょっとだねという辛口のコメントから、このブドウは外した方がいいんじゃないの、というような専門的な助言まで、次のシーズンへの参考になるものばかりでした。このつながりを途切れさせないよう、今日からまた頑張りたいです」

シビラの藤井氏は、課題がより明確になったと言います。 「皆さんをトークンエコノミーの世界に誘導することはできたし、とても楽しんでもらいました。ただ、自分たちが提起したい経済ルールの把握やトークンの価値がどこまで伝わっているか。これらを段階的に理解できるユーザーエクスペリエンスの設計が求められていると強く感じました」

プロジェクトを主導した鈴木は、「TEPという考え方の重要性や今回実装したシステムの技術的な先進性は消費者に伝わらなかったかもしれませんが、それで良いと思っています。インターネット上のアプリケーションサービスについて、その仕組みから消費者に理解してもらう必要はありませんし、それと同じです。それより大事なのはブロックチェーンに対する敷居を下げて、エシカル消費を動機づけるものとしてSDGsトークンを参加権とするSNSコミュニティに加わってもらう体験や、共通の価値感でつながる経済圏では従来のマスマーケティングで用いられることのなかった独自の基準によって価値が評価可能になるということを体験を通して理解してもらうことです。その一歩にはなったと感じます」と手ごたえを感じていました。参加者の中でもシニア層がワインそのものに強い関心を示したのに対し、BOBOと呼ばれるロハスな生活を好む若年層はSDGsトークンの仕組みやTEPの理解により積極的だったことを発見し、「世代の差によるものなのか、あるいはライフスタイルの差によるものなのか、日本でのエシカル消費文化の醸成に向けて、追加調査をしていきたい」と語りました。
「将来的には、SDGsの理念に共感し、行動する人々がつながり、このコミュニティーに入っていると、レストランで眺めのいい席に案内してもらえるとか、デザートのサービスを受けられるなど、何らかの恩恵を受けられるような経済圏づくりを見据えています」と藤井氏。3年越しのプロジェクトは一区切りつきましたが、大きな取り組みはまだ始まったばかりです。

  • ※1 トークンエコノミープロトコル:ブロックチェーン上で定義されるすべての資産やデータ、すなわちトークンが、個人の価値観に基づく権利行使の手段として成り立つ「トークンエコノミー」を実現するために必要となる、汎用的なミドルウエアプロトコルを指す。汎用プロトコルが提供されることにより、同一のブロックチェーン環境下で様々なアプリケーションが相互にサービス連携できるようになる。
  • ※2 NFC対応ハードウエアウォレット:ユーザーの秘密鍵を非接触IC端末に保存し、NFC対応のモバイルデバイスから読み込むことで迅速なトランザクションの署名を確保する仕組みを実装したウォレット。本実証実験ではSDGs17ゴールに関連付けられたトークンを管理するウォレットとして利用。

実証実験紹介映像

2019年8月更新