人工知能(AI)が水産業の未来を変える!? スマート漁業実証実験・スペシャルリポート(後編)

ISIDが双日、双日ツナファーム鷹島とともに取り組むスマート漁業の実証実験。それは、マグロ養殖で重要な鍵を握る「生簀のマグロの数」を、ディープラーニングを使って自動でカウントしようという試みです。2017年8月から2018年1月まで約6カ月にわたって行われたプロジェクトの様子を紹介する本リポートの後編は、プロジェクトの中でも鍵となったマグロカウントアプリについて詳しくお伝えします。

(前編はこちら)

現場で使えるアプリ開発が鍵

このプロジェクトでISIDは、養殖場の職員の方々が手間をかけずにカウント業務に取り組めるよう、チューニング支援機能や使い易いUIを備えたマグロカウントアプリのプロトタイプを開発することにしました。アプリのUI設計を担当したのは、ISIDで全社的なUI設計支援を行っているUXデザイングループのメンバー。アプリを使用する人のITスキルや現在の作業内容、認識精度向上に必要な情報粒度などを考慮した上で、想定される作業のパターンを整理し、現場負荷とのバランスを検討してアプリに次のような工夫を加えました。

  • 動画をチャプターに分割
    動画を一定時間ごとにチャプター分割。チャプター単位でカウント作業を完結できるようにすることで、長時間一つの動画に集中し続けるというストレスを軽減しました。
  • 認識精度順のチャプター並び替え
    マグロの出現数が少ないシーンは認識精度が高く、群れで現れるシーンでは認識精度が低くなります。そこで、チャプターごとの精度が一目でわかるように、星マークで表現。精度の低い順に並び替えできるので、「認識精度の高いチャプターはシステムに任せて、そうでないチャプターだけを手動でカウント」する仕組みにしました。これであれば、最小限の手間でより精度の高いカウント結果を得られます。
  • どのシーンをカウントすれば良いか、ヒストグラムで一目瞭然に
    数十分の動画の中には、マグロが全く映っていない時間がかなり含まれています。そこで、チャプターとは別に、マグロが映っていない時間帯や魚群の濃い時間帯などを魚群のヒストグラムと一体化したシークバーでわかりやすく表示し、チェックすべきシーンをすぐに頭出しできるようにしました。

マグロカウントアプリの画面イメージ

AIだ機械学習だといっても、今回のように前例のない画像認識をさせる場合、生まれたての赤ん坊に言葉を教え込んでいくのと同じです。それをどれだけ効率的に、そして分かり易い仕組みで行うか。養殖場の皆さんと一緒に試行錯誤して、まずはこのカウントアプリを幼稚園児位まで育ててみよう。このプロジェクトは、そういうチャレンジの場でした。

ゴールに向けてようやく走り始めたばかりなので、成果を語れるフェーズではないのですが、双日ツナファーム鷹島の皆さんからここまで頂いているコメントを少しだけ紹介します。まずはお褒めの言葉から。

  • ヒストグラムでマグロが出てくる箇所がわかるのがいい。心構えができる。
  • 今までは動画のどこでマグロが出てくるか分からず、数秒でも気を抜けなかった。30分程度の動画でも、巻き戻したりスロー再生したりで、カウントし終えるのに3時間以上かかることも。アプリを使うことで、かなりの時間短縮になる。
  • チャプターに区切ってあるので、どこまで確認が終わったかが分かって便利。

そしてもちろん、もっとこんな工夫が欲しいというリクエストも。例えば、アジなどマグロ以外の魚が紛れていることがあるのでそれも分別できないか、チェック済みのマグロにマークをつけられないか、などなど。職員の皆さんがアプリを使いこなせるかが一番の心配でしたが、そこは難なくクリアしたようで前向きな提案がたくさん集まり、まずは一安心。これからに向けて大きな手応えを感じています。

船上で水中ドローンを操作する実験の様子

ITで日本の食をもっと豊かに

実験では、水中ドローンや高性能水中カメラを使った動画撮影にもチャレンジ。水中ドローンを沈めて船上からリモコンで操作したり、生簀にロープを渡して定点カメラを設置するなど、いくつかのパターンを試しました。思っていた以上に鮮明な画像が撮影でき、双日ツナファーム鷹島の方々も、生簀の保全などの面で大いに役立つだろうと評価しています。同社では、何かあればいつでも専属ダイバーが潜って確認できる体制が整っているので、すぐにこれらの機材で代替することはなさそうですが、ダイバーの確保が難しい養殖場などではすでに活用されている事例もあるようです。

ここまでの実験の結果を踏まえ、あえて誤解を恐れずに言うと、カウント業務の「完全自動化」、すなわち全てをシステムに置き換えることは、現段階の画像認識技術では難しいだろうというのが私たちの率直な感触です。群れで移動する習性のあるマグロは時に数十匹も重なりあって泳ぐので、どれだけ解析精度を上げても完全に誤差なく数えることはできません。そうした限界を把握した上で、テクノロジーがどれだけ人の作業を助けられるのか、それをこのプロジェクトでは突き詰めていきたいと考えています。

そしてもう一つ。IT化というと、効率ばかりに目が行きがちですが、マグロの個体数の把握は最適な給餌管理につながり、ひいては「より美味しいマグロを育てる」ことにつながります。天然ものに匹敵する食味で市場関係者に高く評価されている鷹島マグロですが、一般にはまだまだ養殖より天然ものが上というイメージを持たれているのも事実。牛肉などの畜産品とは対照的です。IT化によって、魚がもっと美味しくなり、さらに美味しさや安全性をわかりやすく消費者に伝えられるようになれば、養殖漁業のイメージアップやブランド化につながります。さらに、安定的に収益を上げる仕組みができることで、後継者問題を抱える水産業に、たくさんの若者が就業してくれるようになるかもしれません。このプロジェクトを通じて、日本の食をもっと豊かにしていくことに少しでも貢献できればと思っています。

高台からのぞむ鷹島の海

プロジェクトメンバーから

PM 飯田倫崇(コミュニケーションIT事業部)

「エンジニアの自己満足で現場は変わらない」

5カ月の間、私たちは何度か鷹島を訪れ、実際に動画を撮影するダイバーの方々やカウントを担当する職員の皆さんと膝を突き合わせて、どういう仕組みだったら無理なく使えるのか、何に一番困っているのかを教えてもらいながら、プロトタイプを作っては直してきました。エンジニアとしては、「機械学習の精度」という分かり易い成果にどうしても目が向いてしまうのですが、実証実験といっても、向き合うのは水産養殖の現場に今まさにある課題。与えられたデータでどこまで精度が出るかを競うデータサイエンスコンペティションなどとは違い、目の前にある現実の課題を解決するには、使った人たちが本当に楽になるのだろうか?全体として業務は効率化されるのか?ということを追求しなければ答えは出ません。マグロの自動カウントプロジェクトはまだ始まったばかりですが、第一次産業を様々なテクノロジーで革新していこうとする動きは、今後ますます加速していくと思います。しかし私たちのようなシステム屋は、こうした現場の課題、向き合うべきテーマを常に肝に銘じておかなければいけないことを、このプロジェクトを通じて強く感じています。

UI設計 荻原直祐(技術本部)

「日々触れているUIが発想の源」

プロジェクトの構想を聞いたとき、まず連想したのはリズムゲームでした。泳ぐマグロをカウントする作業は、画面を高速で横切るマーカーをタイミングよく叩くゲームの仕組みによく似ています。しかし、カウント作業がゲームと最も違うのは、マグロ=マーカーの出現タイミングが完全にランダムであること。ゲームは何度やっても一定のパターンになるからこそゲームとして成立しているわけで、予習のきかない生き物のカウント作業は、いくら表示を工夫したところで作業そのものが大きなストレスになってしまいます。これに気づいた私は、発想を転換しました。ひらめきの元になったのはミュージックプレイヤーアプリ。よく聞く順に並び替えて好きな曲だけ集めたプレイリストを作るように、「(画像認識に頼れない)認識精度の低い箇所だけを集中的にカウントする仕組み」を提供できれば、カウントの手間を大幅に減らせるはず。こう考えて提案したのが、動画のチャプター分割と認識精度順の並び替え機能でした。一見まったく関係のない、マグロと音楽。ですが、「ある基準に沿ってアイテムをグルーピングする」という作業の本質に立ち返ると、思いがけない共通点が見えてきます。日々触れているUIの引き出しが、私たちUIデザイナーのインスピレーションの源になっているのです。

2018年5月更新

(終わり)