ディープラーニングで生簀のマグロは数えられるかスマート漁業実証実験・スペシャルリポート(前編)

長崎県の北、玄界灘を望む湾口に横たわる周囲約40kmの島「鷹島(たかしま)」。
古くからトラフグの養殖が盛んなこの島の周りの海には、水質や気候、海流など、漁場としての好条件がそろっています。その沖合500メートルの大海原に並ぶ大小の生簀の中でいま、「海のダイヤ」と呼ばれるクロマグロの養殖事業を、AIやIoTを駆使して効率化しようという取り組みが行われているのをご存知でしょうか。

ISIDが双日、双日ツナファーム鷹島とともに取り組むスマート漁業の実証実験。それは、マグロ養殖で重要な鍵を握る「生簀のマグロの数」を、ディープラーニングを使って自動でカウントしようという試みです。本リポートでは、2017年8月から2018年1月まで約6カ月にわたって行われたプロジェクトの様子をご紹介します。前編は、プロジェクト開始に至る背景と実証実験の方針が定まるまでの紆余曲折をお伝えします。

私たちと双日グループの出会いは、2016年の初めのこと。ISIDでは、2014年に設置された「2020テクノロジー&ビジネス開発室」が中核となり、機械学習による画像解析技術をスポーツやものづくりなどの様々な領域に適用するプロジェクトが複数動いていました。一方の双日では、本社の情報システム部門が旗振り役となり、傘下の事業会社にIoTやAIを活用したソリューションを提供することで、グループの価値向上を目指す「攻めのITプロジェクト」がスタートしていました。それまで両社にビジネス上の接点はまったく無かったのですが、たまたま個人的なつながりから会話が生まれ、互いの活動の方向性が重なることから、何か一緒にできないだろうか?とディスカッションが始まったのです。その後、双日グループ内の様々な事業会社から寄せられた課題の中で抽出されたのが、双日ツナファーム鷹島での養殖マグロのカウント業務でした。

マグロが何匹いるのか、それが問題だ

双日は、2008年9月にクロマグロの養殖を行う会社として双日ツナファーム鷹島を設立し、大手商社として初めて国内でのマグロ養殖事業へ直接投資、参入しました。クロマグロの養殖は、重さ約300gの稚魚を生簀に入れ、約3年半かけて平均50㎏ほどの成魚に育てた後に水揚げし、出荷します。もともと稚魚からの生存率が低いマグロを、少しでも多く、かつ品質の高い成魚に育てあげるのは並大抵のことではありません。生簀の管理はもとより、給餌の量・方法・タイミングなどがマグロの生育状況を大きく左右するため、様々な工夫が重ねられています。

給餌の量やタイミングは、季節や気候、マグロの数によって変わるのですが、中でも苦労しているのが、「いま、生簀には何匹のマグロがいるのか」という問題。意外かもしれませんが、マグロ養殖では生育中の個体数を正確に把握することが難しいのです。天然の稚魚を買い付ける際に尾数を計測しますが、その後は生育中に死んでしまった個体の数をカウントするしかなく、それも回収できたものしか把握できないためです。

マグロの数を正しく知ることは、餌の食べ残しを出さないといった給餌面の管理には欠かせません。それだけではなく、出荷量や売上予測などの経営指標にも大きく影響します。そこで双日ツナファームでは、ダイバーが定期的に水中のマグロを撮影し、事務所で職員がスロー再生しながら目視で数える作業が行われています。一回に3〜4時間かかる単調なカウント作業を、毎回3人から5人の職員が別々に行って平均値を取るため、負担は大きく、正確性にも限界がありました。この作業をもっと楽に、もっと正確にできる方法はないか。このプロジェクトは、ここからスタートしたのです。

船上からの給餌の様子

海を泳ぎ回るマグロにセンサーはつけられない

本格的な検討を開始してから、画像解析技術を使おう、と決まるまでには、かなりの紆余曲折がありました。「個体数の把握」というテーマに対しては、ごく自然な発想としてまずセンサーを使えないか、という議論があったのです。酪農・畜産業などでは、すでにセンサー技術を活用した事業革新が始まりつつあり、牛や豚にIoTセンサーを取り付けて健康状態を管理するといった事例が出てきていました。多種多様なセンサーが簡単に手に入る時代ですから、ビーコンや音響センサーなど、思いつくものはすべて検討してみました。しかし、私たちはすぐに大きな壁にぶつかったのです。

それは海中という環境と、マグロという生き物の特性にどう適合させるか、という問題でした。海中では電波が通じないので、リアルタイムでセンサーデータを収集することができません。またセンサーを固定することができないので、波や潮の影響をまともに受けてしまいます。マグロにセンサーをつけられないかという案も出ましたが、魚の中でも繊細でストレスを受けやすいマグロにセンサーを取り付けるのは、リスクが高く現実的ではありませんでした。音響センサーを用いれば技術的には計測が可能と想定されたものの、水中で使用できるものは1台あたり数千万円以上と高価で、養殖コストに見合わないとの判断になりました。様々な検討を重ねた結果、センサーを用いるのではなく、既存の単眼カメラをメインに据え、機械学習による画像解析を用いることに落ち着いたのです。

未知なる領域への挑戦

現在、機械学習による画像解析は様々な領域で応用されています。面白いところでは、キュウリ農家の選果・仕分け作業を行うマシン等の開発事例も出てきており、今後こうした活用がさらに増えていくと考えられます。

一方、今回のテーマである水産養殖に画像解析技術を適用した事例はまださほど多くありません。水槽や浅瀬など、さほど水深のない限られた環境での取り組みは始まっているものの、水深40メートルを超える外洋での魚影となると前例がまずありません。先ほど述べたように、海中という特異な環境が適用を難しくしている要因の一つでしょう。前例がないということは、すでに活用されているアルゴリズムや教師データがなく、最初から高精度で認識することができない、すなわち自分たちで一から試行錯誤しなければならないということを意味しています。これまでスポーツやものづくりなどへの機械学習の適用は経験していましたが、それらはすべて陸の上の話。海中の魚影をどこまで解析できるのか、まさに未知の領域への挑戦でした。

私たちはまず、解析に適した動画をどう撮影するかというところから検討を始めました。天候、水質、マグロの姿勢、泳ぐ速度、群れの状態など、様々な要因が認識の精度に影響を与えます。生簀の配置を調整したり、魚影を識別しやすくするために生簀内にバックスクリーンを設置するなど、双日ツナファームの方々と一緒に撮影条件の最適化を図りました。また高性能水中カメラや水中ドローンを使って、撮影を効率化・安定化できないかという検討も同時に進めました。その上で、機械学習のアルゴリズム開発に強みを持つ株式会社アラヤのメンバーをプロジェクトに招き入れ、海中を泳ぐマグロの認識精度を向上させるアルゴリズムの構築に一緒に取り組んでいくことにしました。

解析アルゴリズムとして採用したのは、画像の「どこに」「何が」映っているかをリアルタイムかつ高精度に推測する一般物体検出のためのディープラーニング・アルゴリズムSSD(Single Shot MultiBox Detector)です。これは、物体検出ではデファクト・スタンダードの一つとなっているオープンなアルゴリズムですが、ただ単純に適用するだけでは、個体識別ができない・誤検出や検出漏れが多い・最適な解析領域が狭いなどの課題があるため、ここに独自の処理を追加していくことにしました。具体的には、「連続したフレームに出現する個体を同一個体とみなす」「マグロの動きとしてありえない現象のデータを除外する」「SSD解析に最適な画像サイズに分割した上で、解析後に再び統合して動画全体の解析精度を向上させる」などの細かい調整を加えながら、マグロカウントアプリのプロトタイプ開発を進めていきました。

誰のための仕組みなのか?とことんUIを追求する

開発を進めていく上で、重要なテーマの一つとなったのが、チューニング支援の機能です。チューニングとは、平たく言えば機械学習システムが誤って認識したデータを人間が訂正していく作業。この繰り返しで認識精度は向上していきます。通常は開発チーム内で行う作業ですが、このプロジェクトでは、双日ツナファーム鷹島で過去に撮影されたマグロの映像を教師データとして利用するため、普段カウント業務を行っている職員の方々も、アプリを検証しながらその場でチューニングできる仕組みを提供することにしました。日頃パソコンを使った作業をすることは少なく、養殖場の様々な業務の合間を縫ってやるので、作業自体が難しかったり時間がかかり過ぎるようでは、そもそも現場の負荷軽減という目的から逸れてしまうことになります。現場の方々が手間をかけずに取り組めるような使い易いUIをどう実装するか。ここが大きなテーマとなりました。

アプリの使い方を職員の方に説明

2018年4月更新

(後編に続く)