ニッポンに、異端あれ。変化と危機の時代にこそ、異端は輝く。
チリの鉱山そしてシリコンバレーを舞台に、コマツの技術戦略最前線を走る二人の男たちはものづくりに何を視る?

建機市場で世界売上第2位、日本を代表するものづくり企業コマツ。
高品質な商品力はもとより、IoTの先駆的事例とされる「KOMTRAX」を筆頭に、「ものづくり」を超えた、高付加価値なサービスを生み出し続ける「ことづくり」先進企業としても知られています。
同社の技術戦略を担うお二方を迎え、ものづくりとテクノロジーのいま、そしてこれからをお聞きしました。
ビッグデータ解析でダウンタイムを減らす
—突然ですが、お二人の仕事はコマツのなかでもやや特異とうかがっています。
- 浅田というより、思いっきり異端でしょう、たぶん。
- 冨樫少なくとも、本流じゃない。
—「本流」というのは、やっぱり歴然とあるわけですね。
- 浅田ええ。それは当然、ものづくりです。コマツの開発本部であり、生産本部。いまの私の仕事も冨樫の仕事も、そことはかけ離れています。
—実際には、どんなお仕事をされているのでしょうか。
- 浅田若いデータサイエンティストたちと、機械稼働および施工の見える化の研究をしています。
—それはコマツのKOMTRAXとかスマートコンストラクションに関連した研究ですか?
- 浅田結果的にはそういうことになりますが、もともとは省エネから始まった研究なんです。コマツにも試験部があり、燃費性能のテストなどをやっているんですが、いざ測ってみると数値にばらつきが出てきます。建機は自動車と違い土と格闘しているので、ショベルなどの操作の違いによって燃費が変わってくるんです。
—熟練のテストオペレーターでの場合でも?
- 浅田熟練者でも、ばらつきは出ます。メーカーの試験部ですらそうなので、お客様の現場に行ったらどうなるか。運転の仕方次第では、まったく省エネにならないかもしれません。それでは開発の苦労が無駄になってしまう。お客様に模範的な操作法を指南できればいいんですが、現場はそれぞれ違うし、コマツの建機は世界に40万台以上もありますから、それは難しい。
—では、どうするのですか?
- 浅田機械の稼働データを集めます。いわゆるビッグデータです。それを解析して、お客様に燃費や機械寿命についてのアドバイスをするんです。いままではモノを中心に省エネを考えてきましたが、これからは使い方のほうにシフトさせるわけです。商品単体で省エネを考えるよりも、オペレーション全体で考えたほうが効果は大きいですからね。
—最近は、チリの鉱山に出かけられているそうですが、それもそうしたお仕事の一環ですか?
- 浅田はい。屋根や壁がついている工場と違い、鉱山のような野外現場ではとくに故障予知が重要なんです。機械は壊れることなく24時間フル稼働しなければなりません。故障で機械が止まれば、それはすぐにコストに跳ね返ります。特に最近は市場環境が厳しいので、お客様はダウンタイムにシビアですよ。
—ダウンタイムを減らすために機械の稼働データを診るわけですね。
- 浅田そうです。故障予知の技術などを使って診断し、機械をいかに壊れないように使うか、いかに燃費よく使うかをアドバイスするんです。そうすればお客様は、従業員や機械などの資産を増やさずに、オペレーションコストを下げることができる。資産の最大活用ですね。
—たしかにずいぶん、ものづくりとは毛色が違う。
- 浅田異端です。(笑)

わずか数カ月で新技術を実用化
—冨樫さんは、いま、どんなお仕事を?CTO室技術イノベーション企画部ということですが。
- 冨樫産官学連携のオープンイノベーションや、新しい技術の発掘などをやっています。
—シリコンバレーに頻繁に行かれているとか?
- 冨樫一年の約半分ほどは行っています。
—コマツのスマートコンストラクションで、工事現場の測量にドローンが使われていますが、あれもそうした発掘の成果ですか?
- 冨樫Skycatchのことですね。そうです。あれも最近見つけてきた技術のひとつです。
—具体的に、どうやって見つけられたんですか?
- 冨樫最初は 『WIRED』という雑誌の元編集長のクリス・アンダーソンに会いに行ったんですよ。ベストセラー書を書いたり、3Dプリンターの革命を起こしたり、業界では有名な人です。いまはカリフォルニア州バークレーにある3D Robotics社という会社のCEOをやっています。UAV(無人航空機)の開発をしている会社です。
—導入されたのは、その会社のドローンですか?
- 冨樫いえ、クリスとはいろいろ話をしたんですが、結局、「いま、うちには産業用のUAVを作る余力はない」と言われてしまいました。でも、たまたまそこに色々な人達も居合わせていて、クリスのプレゼンにあったUAVの事例について訊いてみたんです。そうしたらSkycatchのことを教えてくれました。
—たまたま、ですか?
- 冨樫そう、たまたまです。それですぐにサンフランシスコに飛んで、Skycatchの人たちに自分たちの思いをぶつけてみたところ、「面白い、やれるかも知れない」ということになり、本社につなぎました。2014年の11月にスマートコンストラクション推進本部のトップが視察して、翌月にはもう契約。実際に測量にドローンを使うサービスをスタートさせたのが2015年2月ですから、わずか数カ月で新技術が実用化されたわけです。
—新技術をすばやく採り入れるフレームワークができているんですね。
- 冨樫いえ、まだまだ試行錯誤の段階です。これからもっと社内に浸透させていかないと。

鉱山で稼働する無人ダンプトラック(提供:コマツ)
—コマツはいわば老舗メーカーですが、一方で製造業IoTのフロントランナーともいわれています。そのあたり、ものづくりとITの文化的ギャップというか、悩みはありますか?
- 浅田悩みは多いですね。「ものづくり」に対して、商品の価値を高めるサービスやソリューションを生み出すことを「ことづくり」と呼んでいますが、コマツは良きにつけ悪しきにつけ「ものづくり」の会社なので、「ことづくり」をやろうとすると、半端ない抵抗が湧きあがります。たとえば、コマツの製品開発のサイクルはだいたい4年。しかし、サービスやソリューションの話をすると、お客様は「4週間後に持ってきてくれ」ということになる。スピード感が全然違います。これを現場に理解させ、動かすのは並大抵のことではありません。
—冨樫さんは、そのあたりをどう感じられていますか?
- 冨樫危機感がありますね。コマツは今年95歳になる会社です。伝統的なものづくり企業なので、頑固なところもあるし、動きが遅いところもあります。一方で世の中を見渡すと、急速な技術革新の波があって、旧態依然としたビジネスが存亡の危機に立たされています。異業種から突然見知らぬ強力なライバルが現れることもある。
—コマツは十分にテクノロジーに対応しているのに、なお危機感を持っているんですね。
- 冨樫時代の進化は、我々を待ってくれません。いかに波に呑み込まれず、新しい技術を取り込んで商品やサービスを提供していくか、それが重要です。その意味で、市場動向と技術の進化は、常に注視していかなければいけません。たとえば、いま話題のUber。高速通信とGoogleマップのような技術ができあがったとたん、ああしたサービスが立ち上がるというのは驚きです。日本ではまだ法規制が追いついていませんが、本格的に普及すればタクシー業界は一気に窮地に追い込まれるでしょう。これは他人事ではありません。どんな業種でも、明日はどうなるか分からないんです。

Skycatch(提供:コマツ)
シリコンバレーの若者は日本のものづくりを知らない
—一方で、冨樫さんは「IoTの時代、日本の中小企業に躍進の波が来る」ともおっしゃっているとか。これはどういう意味なのでしょうか。
- 冨樫それは、ちょっと長い話になります。いまシリコンバレーで活躍する若い人たちは日本の製造業のことをまったく知らないんです。ものづくりを頼むときは、まず中国や台湾のことを考える。「どうして日本で作らないの?」と訊くと、「え?日本って、モノなんて作れるんだっけ?」というような答えが返ってくる。かつての日米貿易摩擦のことなどは、まったく知らないのです。
—しかし、実際には、日本はものづくり大国なのでは?
- 冨樫そうです。一時話題になった中国人旅行者の爆買いにしても、高級な炊飯器やトースターなどが売れていた。あれは、彼らがそうした商品の価値を知っていたからです。そして、そうした価値は、一日や二日でできるものではありません。長年のものづくりの実績があって初めて生まれてくる。日本の製造業にはそうした蓄積があるので、ものづくり大国は健在なんです。
—でも、シリコンバレーにはそれが伝わっていない?
- 冨樫そうです。しかし、IoTの時代になれば、それが変わってくるのではないかと、私は思っています。IoTというのは、言ってみればITとモノの融合。モノがないと成立しない。シリコンバレーにはITがあるけれどモノがない。そして、そのモノを提供できる国は限られています。だからこれは、日本の製造業にとって大きなチャンスなのです。
—それで「これからは日本の中小企業に躍進の波が来る」と?
- 冨樫日本は地方にもいい中小企業がたくさんあります。質の高い仕事をするけれども、多少秘密主義なところがあって外に知られていない。そういう会社がIoTを通じてつながって、隠れた実力が見えてくると、一気に世界が広がります。大企業と下請けがつながるといった狭いイメージではなく、日本の製造力がすべてつながる、そんな大きな構想です。「日本ものづくり株式会社」というような。
—産官学連携で作り上げる製造業エコシステムのようなものですね。
- 冨樫はい。日本という国は、諸外国に比べると、多くの人々が比較的近しい文化や言語、あるいは倫理観のようなものを持っているという特色があります。もちろん様々な違いはありますが、アメリカのように、多種多様な人種や民族が当たり前のように混在するお国柄とはまったく異なります。そうした土壌を生かしながらIoTで企業や製品をつなげ、商品の誕生からリサイクルまですべてを統一的に回すことができれば、非常に大きな力になるのではないかと思います。
—その実現に必要なものは何でしょうか。
- 冨樫やっぱり「お金」ですね。(笑)思い切ったことを進めていくためには、資金が必要です。アメリカにはキリスト教の慈善文化やベンチャーキャピタルがあり、新しいアイデアにお金が流れていきやすい。スタンフォード大学などは潤沢な予算を持っていますが、あれは卒業生が大金持ちになって母校にどんどん寄付しているからです。成功した人がお金を次の若い世代にまわす伝統が、アメリカにはあります。
—日本の場合は?
- 冨樫残念ながら、ありません。(笑)だから、日本の場合は、信用金庫のような、地域に密着して地元の企業のことを良く理解している金融機関がお金を出すべきでしょう。産官学連携で製造業のエコシステムを作り、金融機関がきちんとお金を出す、そんな流れが一番いいと思います。
IoTの時代こそ、日本は日本らしく成長できる
—お二人は、日本の製造業について、最近なにか感じることはありますか?
- 浅田一般論で話すのはあまりよくないけれど、どうも最近、日本の製造業からチャレンジ精神が失われているような気がして仕方がありません。町工場やベンチャーなどには、まだあるのかもしれませんが、大きな企業や組織で、リスクを取ってなにかに挑んでいる人を、あまり見かけなくなりました。まあ、ちょっとおじさん臭い、危機感の話です。(笑)
—たしかに、かつて日本の高度成長を支えた製造業には、国家を背負って仕事にチャレンジしてきたイメージがあります。
- 浅田日々の地道な努力ももちろん大事なのですが、時代を切り拓くような跳躍的イノベーションは、リスクを取ってチャレンジしないかぎり絶対に生まれてきません。かつてはどのメーカーも中央研究所を抱えて、そういうチャレンジをしていましたが、いまはあまり流行らないようですね。しかしまあ、組織論に陥る必要はまったくなくて、これは個人のマインドセット(心の在り方)の問題だと思います。
- 冨樫大事なのは、いいところを伸ばすことですよ。でも、チャレンジ精神というのは、日本人の一番苦手な部分かもしれない。だから私は、それよりも「大義名分」の方がいいと思っています。
—どういう意味ですか?
- 冨樫たとえば震災復興や超高齢化社会など国家としての問題に対し「みんなの知恵を絞ってがんばろう」と言えば、たいていの人は反対せず、むしろ進んで動いてくれるでしょう。これが「大義名分」です。これを広げていって、日本は日本らしい成長を遂げるべきだし、IoTで企業や製品がつながることでそれは十分に可能だと私は思います。どんなに無理しても、我々にはシリコンバレーの真似なんか、絶対できませんからね。
—日本らしいやり方で、自然のままに伸ばしていくということですね。
- 冨樫そうです。たくさん愛情をもらって自然におおらかに育った子供は、いい大人になります。
- 一同(笑)
—最後に異端の話に戻りますが、KOMTRAXやスマートコンストラクションなど「ことづくり」の部分は、コマツの今後のビジネス展開でも重要になってきそうです。その意味で、お二人のお仕事がいつのまにか異端から本流になるということも、ありえるのでは?
- 浅田それはどうでしょう。今後どうなろうと、コマツは「ものづくり」を捨てるわけにはいきません。20年後にコマツが建設機械を作ってないなんてことは絶対ありえない。なので、我々はこれからも銀河の端っこの方で、ひたすらがんばるということです。
- 冨樫異端というのは、端っこにいるからこそ、光り輝いてるんですよ。
- 一同(笑)

2017年3月更新
Profile

浅田寿士氏(あさだ ひさし)
コマツ ICTソリューション本部 ビジネスイノベーション推進部 部長
1991年コマツ入社。研究本部で産業用溶接ロボットシステム、半導体製造装置用ロボットなどの研究開発を手がける。その後、油機開発センターで建設機械の省エネ技術の研究開発にあたる。さらに情報化施工用建設機械の研究開発、機械データによる機械稼働および施工の見える化の研究などを経て現職。

冨樫良一氏(とがし りょういち)
コマツ CTO室 技術イノベーション企画部 部長
1993年コマツ入社。新事業推進業務に従事。自走式破砕機、ハイブリッド油圧ショベル等の設計開発を手がけたのち、オープンイノベーション推進業務を経て、2014年、CTO室創設にともない現職。社外委員会活動として、研究産業・産業技術振興協会の研究開発マネジメント委員会委員長を務める。