「お金」の動かし方が変わると、「思い」もまた動き出す。 15 時で終わらない、金融のはなし。
~“FinTech”が変える、お金と私たちの新しい関係~ #2

皆さんは、お財布もカードも持たなくていい毎日を、想像できますか?
買い物も食事も振り込みも、友人とのお金の貸し借りも、スマホやウエアラブルデバイスがあれば、いえ、もしかしたらそれすら無くても、すべて済んでしまう時代がすぐそこまで来ているとしたら。
いま、注目を浴びているフィンテック(FinTech)という言葉。それは、金融(Finance)の世界だけではなく、暮らしの様々なシーンを、大きく変えていく可能性を秘めています。
この連載では、ISIDの伊藤千恵がファシリテータとなり、銀行、ベンチャーキャピタル、スタートアップなど様々な立場でFinTechに関わる5名の方々を迎えて、お金の未来について語った座談会の様子を3回にわたってお届けします。

なぜ“FinTech”はここまで注目される?

  • 伊藤
    それにしても、どうしてFinTechはこれほど注目を浴びるようになったんでしょう?
  • 柴田
    新しい金融サービスを提供するベンチャーが増えてきた、という話は先ほどもしましたが、やっぱり金融というフィールドでは大きなマネーが動きます。ビジネス・チャンスや成長の可能性もまた大きいということになりますから、欧米では早くからベンチャー・キャピタルなどが積極的な投資を開始しました。そんな現象を察知し、大手IT企業も「うかうかしていられないぞ」と金融向けの技術やサービスの刷新に動きだしています。GoogleやFacebookといったネット企業も、決済サービスなどの領域に参入し、大手金融機関もまたこれらの新しい動きを調査研究する機関を設立したり、市場参入してくるベンチャー企業に自ら投資するためのファンドを設けたりするようになりました。印象的だったのはCitibankのCEOのコメントで、「私たちは銀行免許を持ったテクノロジー・カンパニーです」と言い切っています。
  • 高岡
    アメリカでは今から3~4年前にFinTechがバズワード(流行語)化していました。この現象を引き起こした背景は2つあると思います。1つはスマートフォンやタブレット端末のようなPC以外のデバイスが爆発的に世界中に広がり、インターネットがこれまで以上に身近になったこと。クラウドサービスなども進化して、ベンチャー企業にも変革を起こせる土台が整った。金融機関は国際的に見ても、旧来のレガシーシステムから離れられていない課題があり、そこにベンチャー企業がメスを入れていくことになったのではないかと考えているんです。もう1つの背景はアリババをはじめとする中国企業の存在です。つい最近も、アリババの関連会社であるアリペイという決済サービス提供会社が、中国内で投資信託のような商品の販売を始めたところ、たった1年で1億人のユーザーを獲得し、10兆円規模の実績を築いてしまったんです。そんな現象を見れば、世界の金融関連プレーヤーの動きには火がつきます。

柴田 誠氏

  • 伊藤
    なるほど、世界の動きについてはわかりました。では日本で急に注目されるようになった理由についてはどうですか?
  • 柴田
    金融庁が今年3月に開いた金融審議会で、金融持ち株会社に対する規制を緩める議論を取り上げたことも一因となっています。金融機関には利用者保護の観点などから様々な規制が課されていますが、この規制が異業種企業の参入障壁になったり、既存の金融機関が新たなビジネスにチャレンジするのを妨げている側面もあります。金融庁は、銀行業に関連した業務、例えばスマートフォンを使った決済サービス等に関して、銀行グループがIT企業と共同出資の子会社を置けるようにするなど、規制緩和のあり方に関する報告書をまとめていく方針を明らかにしました。これがきっかけで、FinTechに関する金融機関およびIT企業の注目が一気に高まったといえます。
  • 伊藤
    三菱東京UFJ銀行のような大手が早くからFinTech領域への取り組みに積極的だった理由って、何だったんですか?
  • 柴田
    時代とともに世の中は変わります。メガバンクだって変わらなければいけない。そういう前向きな姿勢と同時に、ある種の危機意識に突き動かされた面もあります。銀行にとっては決済こそがメイン業務だとされてきましたが、小売業、通信事業者、ネット企業などが続々と決済業務に参入してきています。特に、世界中の人が手にするようになったスマートフォンで手軽に決済サービスを利用できるようになれば、シェアは一変します。つまり、こうした新勢力による脅威に対抗していくうえでも、銀行は変わっていく必要があるわけです。

伊藤 千恵

「お金」の動かし方が変わると、「思い」もまた動き出す

  • 伊藤
    たしかに決済に関する新しい動きは急激で、日本でもかなり注目が集まっています。でも欧米では、決済だけでなく投資の領域でも大きな変化が起きていますが、日本はまだそれほどではありませんね。ここがもう少し変わっていかないと、と思いますが。私、猪尾さんが以前おっしゃっていた言葉が頭を離れないんです。
  • 猪尾
    ああ、「アメリカでファンドをやっている人たちはヒーローなのに、日本ではまるで詐欺師やペテン師のように扱われる」というやつですね(笑)。
  • 高岡
    それ、わかります(笑)。私は海外生活が長かったので、以前から感じていました。お金に関する価値観というか感覚そのものが、日本人と欧米人では決定的に違うな、と。でも、そのあたりも変化し始めているようですね。
  • 伊藤
    私、こんな仕事をしているのに恥ずかしながら、これまで投資には消極的で。でも、猪尾さんの会社の「セキュリテ」を知って、前向きに投資をやってみようと思えたんです。震災があった時に、支援のために「セキュリテ」のようなプラットフォームを初めて利用した人たちの間でも、価値観は大きく変わったんじゃないですか?
  • 猪尾
    おっしゃる通りです。震災のように大きなダメージを受けても、以前は補助金などに頼るしかなかった。地域の企業などは、工場が流されたのに負債だけ残ってしまい、どうしようもない状況を抱えたりするわけですが、マイクロ投資で一般の個人から少しずつ支援してもらえれば、立ち直ることができる。それを東日本大震災の時に実証することができました。おかげで、その後も地域経済の活性化を目指す地方公共団体などとの連携の話もいただくようになったんです。
  • 伊藤
    事業主や行政の側にも変化が起きたんですね。
  • 猪尾
    はい。そしてもちろん、初めて投資を体験するような方々の意識も。例えばセキュリテでは、酒好きな人が様々な地域の酒蔵に投資したりしています。自分が好きなもの、応援したいものに、少しだけ投資する。すると事業の売上げに基づいた金銭的リターンに加えて、時季になると蔵からお礼の手紙とともに初搾りが届いたりするわけです。そういう、金銭だけではない喜びが得られる、という思いを実感してくださる方が増えています。
  • 伊藤
    私もまさに、その一人。北海道出身のワイン好きが、小樽ワインファンドに投資・・・って、そのまんま(笑)。どうせなら生まれ故郷のワイナリーに頑張ってほしい、という気持ちですね。
  • 猪尾
    「思い」というものも、これからの金融サービスには大きく関わってくると私たちは考えています。投資する側とされる側が今まで以上に交流できるようにしていくつもりです。例えば、自分が投資「お金」の動かし方が変わると、「思い」もまた動き出すしている農家の皆さんと、気軽に映像や音声でコミュニケーションを取り合えたら、より「思い」も強くなるはず。実際に、投資先を見学に行くツアーには、毎回かなりの人数の方が参加されます。現地の方々も歓迎してくれるし、投資した方は「まるで親戚ができたようだ」と喜んでくれます。こういうリレーション作りも「投資」の喜びや新しいメリットにつながる。そう信じています。
  • 柴田
    金銭的リターンだけを考える投資ではなく、満足感や喜びにつながる投資という発想は、既存の金融機関ではなかなか生まれてきません。大いに勉強になります。
  • 高岡
    「FinTechは新しいテクノロジーを使って変革を起こします」などと説明してもピンとこない人も、猪尾さんのところのように、エモーショナルな新しい付加価値を具体的に示されれば「それならば自分も」となりますよね。
  • 伊藤
    テクノロジーによって効率が上がるとか、便利になる、という変化ばかりでなく、価値観が変わったり、新しい喜びが生み出される、というのもまたFinTechだと言えるかもしれませんね。

猪尾 愛隆氏

2015年10月更新

(第3回に続く)

Profile

柴田 誠氏(しばた まこと)

株式会社三菱東京UFJ銀行 デジタルイノベーション推進部プリンシパルアナリスト

東京大学経済学部卒業後、東京銀行(当時)入行。支店業務、英オックスフォード大学留学(開発経済学修士取得)、経理部門、東京三菱銀行(当時)企画部等を経て、1998年より現職。以来、一貫して金融IT関連の新技術・新ビジネスに関わる調査・研究・開発に携わっている。EFMA-AccentureのInnovation Awardsでは創設以来の審査委員。

高岡 美緒氏(たかおか みお)

マネックスグループ株式会社 執行役員新事業企画室長、マネックスベンチャーズ株式会社取締役

英ケンブリッジ大学自然科学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券入社、モルガン・スタンレー証券(当時)等を経て、2009年にマネックスグループ入社。M&A、戦略投資案件等を担う一方、マネックスベンチャーズにてコーポレートベンチャーキャピタルを運営。また、マネックスグループの新規事業立ち上げも担当している。

西井 健二朗氏( にしい けんじろう)

株式会社セブン銀行 事業開発部次長

同志社大学商学部卒業後、三和銀行(当時)入行。主にリテール部門での商品開発やローン証券化ビジネスに従事した後、モルガン・スタンレー証券(当時。サブプライムローン証券化事業担当)、大和証券グループ(銀行子会社設立プロジェクト担当)を経て、2012年にセブン銀行入社。バンキング事業全般を統括すると同時に、新規ビジネスの開発を担っている。

猪尾 愛隆氏(いのお よしたか)

ミュージックセキュリティーズ株式会社 証券化事業 執行役員

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、博報堂入社。2005年、ミュージックセキュリティーズに入社すると音楽ファンドから他分野への展開を開始。2009年には「セキュリテ」事業を立ち上げ、東日本大震災の被災地応援への活用にも携わった。現在は45地域金融機関、7地方公共団体と連携。約260事業者と個人7万人が利用する資金供給プラットフォームに。

黒﨑 賢一氏(くろさき けんいち)

株式会社BearTail代表取締役 兼 CEO

15歳よりテクニカルライターとしてPC活用やツール開発等に関する執筆活動を展開。2009年にはライフサイエンスやスマホアプリ紹介メディアをエンジニア兼ライターとして立ち上げ、6カ月で150万PV(月間)にまで成長させた。筑波大在学中の2012年、21歳でBearTail設立。2013年リリースの「Dr.Wallet」は1,300の金融機関口座と連携。全自動お金管理サービスとして大ヒット中。

伊藤 千恵(いとう ちえ)

株式会社電通国際情報サービス 金融ソリューション事業部グループマネージャー

1991年電通国際情報サービス入社。主に金融機関向けシステムの構築を担い、ドイツ駐在等を経た後、米国留学。2007年の復職後は、海外ベンダーとのアライアンスや新規事業開拓を担い、2014年からは、国内最大のFinTechピッチコンテスト「FIBC」の運営等、FinTech領域を中心に活動。2020テクノロジー&ビジネス開発室兼務。