復興への思いとサイエンス・コミュニケーション 創立40周年特別対談 「その時」とテクノロジー #1

東日本大震災から5年。
世界でもっとも進んでいると言われている日本の地震研究は、さまざまな教訓を礎に、震災後、ますます大きく進展してきました。
最先端の地震研究を支えているのが、急速に発展するテクノロジーの力。
地震データの解析やシミュレーションだけでなく、専門的な研究内容を一般の人々に分かりやすく伝える“サイエンス・コミニュケーション”にも貢献しています。
この連載では、サイエンス・コミュニケーションと地震予測テクノロジーをテーマに、東北大学で長年地震研究に取り組んできた長谷川昭名誉教授とISID社長の釡井節生との対談の模様を2回にわたりお届けします。

震災復興への“思い”とサイエンス・コミュニケーション

  • 釡井
    東日本大震災が起こってから、もうすぐ5年の月日が過ぎようとしています。私が初めて被災地を訪れたのは、2011年9月のこと。長谷川先生と最初にお会いしたのは、翌2012年の初め頃でしたね。先生とは、当社が手掛けるMR(Mixed Reality:複合現実感)システムを活用した復興プロジェクトに一緒に取り組んできました。当初は手探りで始まった活動ですが、東北大学の皆さんとの出会いをきっかけに、復興に携わる機会を頂きました。本日は、5年という節目を迎えようとしている被災地、そして地震予測テクノロジーのいまについて、あらためてお聞きしたいと思います。先生、どうぞよろしくお願いいたします。
  • 長谷川
    お会いしてから、もうそんなに経ちますか。感慨深いですね。こちらこそ、よろしくお願いします。
  • 釡井
    まずは簡単に、長谷川先生のこれまでの地震研究への取り組みについてお聞かせいただけますか?
  • 長谷川
    大学に入ってから現在まで、一貫して東北大学で、地震学の研究に取り組んできました。なかでも、「地殻・マントルの構造」や「地震発生機構」といった、地震がなぜ起こるのか、そのメカニズムの解明に力を入れています。こうした研究に取り組み続けている理由は、「地震予測がしたい」から。予知(予め知ること)はできませんが、予測(膨大なデータから将来起こる現象を推し測ること)ならある程度可能になると思います。詳細なメカニズムを解き明かし、少しでも地震学の発展に寄与したいと考えています。

津波で甚大な被害を受けた日本有数の港町、宮城県女川町
(2011年3月29日撮影、提供:東北大学災害科学国際研究所)

  • 釡井
    現在は、政府の地震調査研究推進本部の委員を務めながら、大学で研究を続けていらっしゃいますね。
  • 長谷川
    はい。初めてISIDの皆さんにお会いしたのは、確か、客員教授になって4年目頃だったと記憶しています。日本列島の地下に拡がる震源分布を3DでプロットしたMRのデモを見せていただき、「これは、研究に役立つぞ」と、興奮しました。
  • 釡井
    実は、当初はMRをどう活用したら復興のお役に立てるのか、手探りの状態でした。仮設住宅の方々にバーチャル・コンテンツを楽しんでもらったり、被災自治体に足を運んで堤防の景観評価に使えないかと提案したり。被災した方々に直接話を聞き、その逞しさに感動をもらいながら、活動を続けてきました。その過程で先生と出会い、「サイエンス・コミュニケーション」という全く想定していなかった分野で、MRの可能性を見出していただきました。あらためて、「サイエンス・コミュニケーション」とは、いったいどういうものなのでしょうか。
  • 長谷川
    専門家ではない一般の人々に、科学について知ってもらうためのコミュニケーションのことです。私自身はその専門家ではないのですが、震災があってから、その重要性を強く感じるようになりました。地震学は、他の分野に比べて社会との関わりが強い。特に震災以降はそうです。だって皆、聞きたがるでしょう?次はいつ、どこで起きるのかって。地震が予知できないってことは地震学者なら皆知っているのに、一般の人にはそれが分からない。地震のメカニズム自体はだいぶ解明されてきたのですが、予知はできません。要は何が分かっていて何がまだ分からないのかが、正しく伝えられていないのです。それどころか、時には心ないメディアにより、地震予知ができるかのような誤った報道がなされたりします。
  • 釡井
    なるほど。先生がサイエンス・コミュニケーションに取り組む理由は、そこにあるんですね。

長谷川 昭氏

  • 長谷川
    もっと言うと、一般の方が地震のメカニズムを正しく理解するということは、地震や津波による犠牲者を減らすことにつながる、ということです。日本は、あちこちに地震の震源や火山を抱えた「安全なところなどない」国です。しかし、いくら口で「危ない」と言っても、なかなか専門家でない方には伝わりません。なぜ、どのように危ないのかを本当の意味で理解する機会がないから、実感として腹に落ちてこないんですよね。
  • 釡井
    確かに。これだけ大きな震災を経験し、いまも首都直下地震や南海トラフ地震、さらには火山の噴火などがニュースになっているというのに、我々の備えが強固なものになっているという感じはしませんね。
  • 長谷川
    多くの方々は、「地球の中身は半熟の卵のような構造になっている」ということぐらいしか知らないのではないかと思います。私たちの足下の地下でどのようなプレートが、どれほど巨大な規模で絡みあい、どう動いているのか。こういったことが深く理解できれば、恐らく認識が変わるのではないかと思います。多くの人が「間もなく大きな地震がやってくる」ということを知り、その規模や危険性を理解すれば、社会全体が、心の準備や防災のための構えをするようになる。それだけのことで、明らかに減災につながると思うんですよね。被災するのは“普通の人たち”です。だからこそ、わかりやすい方法で、着実に伝えることが重要だと考えているのです。

釜井 節生

3Dデータを活用することで“地震への理解”が深化する

  • 釡井
    MRのような3Dテクノロジーの活用によって、サイエンス・コミュニケーションはどのように変化するとお考えでしょうか?
  • 長谷川
    MRの魅力は、震源の分布やプレートの構造を、まるで実物のように視覚化できるところ。これまでの研究で得られた実データをもとにしているため、とても精度が高く、地球内部の状況が的確に把握できます。地球の内部というのは、決して見ることのできない未知の3次元空間です。イメージしづらく複雑で、本当にわかりにくい。それを平面図で伝えるというのは至難の業で、いつももどかしい思いを抱えていました。MRのような技術を活用すれば、ぐんと理解しやすくなり、サイエンス・コミュニケーションが進むと考えています。さらに言えば、「地震の仕組み」への理解が一般化していくことで、若い世代の関心も高まり、研究者が増える効果も期待できます。
  • 釡井
    毎年行われる東北大学のオープンキャンパスでも、MRでの地球内部の観察体験が大好評だと聞きました。訪れた高校生たちの長い行列ができたとか。こういうことがきっかけで、少しずつ意識が変わっていくのでしょうね。また今年3月に仙台で行われた国連防災世界会議のパブリックフォーラムでは、我々もこれまでの活動を報告する場をいただき、MRを活用した震災遺構アーカイブのデモ展示も実施しました。震災の記憶を次の世代にしっかりと引き継いでいくことも、大切なコミュニケーションなのだと思います。
  • 長谷川
    そうですね。先ほども述べた通り、日本は「安全なところなどない」地震大国です。その事実を国民全員が正しく理解し、国を挙げて対策を行えば、もっとうまく共存する道筋が見えてくるはず。火山が活動し、その地熱で温泉が湧いて、感動的な景色が形づくられる、こうした利益と美しさを享受しながら共存して生きていくことができるのではないかと思います。

MR(Mixed Reality)とは、現実の映像と3Dコンピューター・グラフィックスを融合させ、まるで目の前にあるかのように表示させる映像技術。ヘッドマウントディスプレイを装着し、部屋を見回すことで、さまざまなMR体験を味わえる。
写真は東北大学地震・噴火予知研究観測センターの一室。
(提供:東北大学地震・噴火予知研究観測センター)

2015年10月更新

(第2回に続く)

Profile

長谷川 昭氏(はせがわ あきら)

国立大学法人東北大学 名誉教授

群馬県桐生市出身。1967年東北大学理学部卒業。
1969年東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻修士課程修了。東北大学理学部助手、助教授、教授を経て、名誉教授。理学博士。文部科学省地震調査研究推進本部をはじめ、同省科学技術・学術審議会、内閣府中央防災会議などの委員を歴任。現在は地震調査研究推進本部政策委員会委員、同総合部会部会長を務める。専門は地震学、特にプレート沈み込み帯の地震の発生機構。2008年には、優れた地球物理学の業績を挙げた会員に与えられるAGU Fellowの称号を米国地球物理学連合(American Geophysical Union)から授与。また2010年にはThomson Reuterより地震学分野における The 7th of Top 20 Authors in 10 years(Citations)に選出。