「学歴」では捕捉できない学びの軌跡を ブロックチェーンで可視化

瀬戸内海に浮かぶ1周約3キロの小さな無人島「釜島」。無人島とは言え、10年ほど前までは人が住んでいたとあって、廃屋や神社がポツン、ポツンと建っています。夏休み、勉強よりも遊びたいのが本音の子どもたちは、目を輝かせて小道を進んでいきます。 薄暗く、1、2人通るのがやっとの小道を10分弱歩くと、視界が突如開け、砂浜と青い海が現れました。先頭を歩いていた小学生2人組が、何かを見つけて駆け出していきます。「見てみて。これ、使えるよね」。手に持っているのは、薄い水色のキラキラ光るガラス。よく見ると、随分昔に捨てられた飲み物の瓶のようです——。

8月10、11日、四国にほど近い岡山県倉敷市の下電ホテルで、メディアアーティストで筑波大学准教授の落合陽一氏によるサマースクール「落合陽一と考える『ぼくらのミライ』せとうちサマースクール ~感じて学ぶSDGs~」が開かれ、小学生から中学生までの子どもたち17人が、国連の提唱するSDGs(持続可能な開発目標)について、体験しながら学びました。 落合氏の講義に耳を傾ける子供たちは、おそろいのスマホと紺色の小さなカードを身につけています。そのカードこそ、サマースクールの裏側で私たちが行ったある実証実験の「心臓部」と言える存在。サマースクールを夏休みのイベントに終わらせないための、大きな目標が秘められているのです。

筆記試験以外で「学びの軌跡」を可視化する方法は?

「これまでの学校教育は知識のインプットを重視し、入試もインプットを測るために設計されていました。しかし、社会の問題の質が変わるにつれ、インプット型教育だけでは世の中を生きていくのが難しいし、ましてや将来の地球の問題は解決できない。そんな認識が広く共有されるようになりました」
電通イノベーションイニシアティブのプロデューサーで、電通国際情報サービス(ISID) オープンイノベーション研究所(イノラボ)にも所属する鈴木淳一は、21世紀の教育が「インプット重視」から「アウトプット重視」にシフトするべきだと指摘します。
日本では約30年続いてきたセンター試験が2020年を最後に廃止され、知識・技能だけでなく、思考力・判断力・表現力を一層重視する「大学入学共通テスト」が導入されます。また、国公私立を問わず大学入試では筆記試験以外の面接や小論文などで合否を判定する推薦入試、AO入試を実施する学校が増えています。一方で、推薦入試やAO入試では、学校の授業以外での活動も重要な評価指標になりますが、「どのような課題を持ち、誰と、何を学び、どのような成果をだしたのか」を測ることが難しいという矛盾も存在します。
私たちはこの課題に着目し2018年10月、質の高い学びの軌跡をブロックチェーンで可視化する実証実験を京都で実施しました。量子コンピュータとブロックチェーンをテーマにした国際ワークショップ「Table Unstable ~ KYOTO SCIENCE OUTREACH ~(TU京都)」で、中学生から大学院生までの参加者に“SDGs目標4「質の高い教育」受講トークン”を発行し、ワークショップの受講履歴や、講師と生徒の関係性、そして生徒同士の関係性などを証明できる仕組みを社会実装。参加した学生のなかから将来研究者が誕生すれば、未来の研究成果とTU京都での受講履歴(教えを受けた講師や共に学んだ仲間たち)との関係性を可視化することが可能となるのです。

京都、パリの実証実験の延長上にあるサマースクール

今回のサマースクールでの実証実験では、京都のワークショップと同じように受講者にトークンを配布します。ただし参加者は小中学生で、長期的な関係性構築のためぐっと低年齢化しました。会場に到着した子どもたちは、青いカードを渡されました。このカードは暗号鍵が入ったハードウエアウォレットで※1、ブロックチェーン上で所有者の身分証明書としての役割も果たします。そのカードをスマホにかざすことで、サマースクールのために作られたアプリにログインできます。 アプリを開発したのは、これまでも私たちとブロックチェーンのさまざまな実証実験に取り組んできたブロックチェーンのテクノロジースタートアップ、シビラ(大阪市)です。 ISIDとシビラは、ブロックチェーン技術を基礎としたトークンエコノミーの普及によって、「新しい経済圏」を構築する可能性についても検証を続けてきました。 ブロックチェーンから生み出されるトークンの代表的な存在として、ビットコインを思い浮かべる人は多いでしょう。ビットコインは交換価値を持ち、株式のように市場で取引されていますが、私たちはトークンの活用範囲をさらに広げ、コミュニティー参加者が互いに望ましいと考える行動を促し、新たな経済圏を生み出す道筋を探っています。例えば2019年5月には、エシカルな行動をした消費者にSDGsトークンを付与してコミュニティーを形成する実証実験をパリで行い、「Dapps」(ブロックチェーンを利用した非中央集権的な仕組みを持つアプリ)を開発する際の共通ルールとして機能する「DAOプロトコル」を初めて社会実装しました。

今回のサマースクールは私たちにとって、DAOプロトコルやトークンエコノミーを普及させていくため、京都とパリの実証実験で得た成果と課題をもとに、改良と発展を加えた技術を運用する舞台でもあるのです。

ユーザー体験を向上するための「クエスト」

では、具体的には何を改良し、発展させたのでしょうか。シビラのCEO藤井隆嗣氏は、「前回までの実証実験では、トークンを付与するまでで終わりでしたが、トークンを持つ人たちのコミュニティーをつくり、トークンの発行を活性化させることを視野に入れると、アプリのユーザー体験の改善は不可欠です。今回は達成すべき「クエスト」をつくることでアプリにゲーム性を持たせ、子どもたちが楽しみながらアプリを活用し、サマースクールに積極的に参加してもらえるよう工夫しました」と言います。 アプリの画面を開くと、すごろくのようなマップが現れます。ユーザーはクエストを一つずつクリアすることで「マス」を埋め、次のクエストに進むことができます。その中には、トークンを受け取ることができるクエストもあります。 クエストの内容は、サマースクールの参加者にカードをかざしてもらう、あるいは自分が学んだことについて、お友達にプレゼンをするなど、私たちがサマースクールで達成してほしいゴールが反映されています。

初日に全クエストをクリアする子どもも。想定以上の効果

サマースクールに参加した子どもたちは、初日に落合氏の講義に参加し、2日目には無人島に出掛けました。そこで海にさまざまなごみが落ちていること、それが地球に負担をかけていることを直接学び、廃品を集めてアート作品に「再生」する取り組みが課せられました。空き瓶の破片、ビニール、缶バッジ……子どもたちは思い思いに材料を探していきます。 実はサマースクールの講義や体験の中で、アプリを開くという指示はありません。自発的に触って、直観的に操作してくれるか、それも実証実験で確かめたかったからです。 私たちはサマースクールの傍らで、子どもたちのアプリがどう動いているのかモニタリングを続けていました。 「最初は全く触らない子どももいるのではと心配していましたが、杞憂でした。初日に全員が最初のクエストをクリアして、こちらが用意したクエストを全部終わらせた子までいたので、昨夜、急遽複数のクエストを追加したんですよ」 シビラのCTO流郷俊彦氏は、アプリが大きなトラブルもなく動き、さらには想定以上に子どもたちが積極的に使ってくれていることにほっとした様子でした。 「休憩時間になると、男の子たちが一斉にアプリを開いてクエストを始めるんですよね(笑)。アプリについてあまり説明する時間がなかったので、途中のどこかで補足しないとと思っていましたが、その必要は全然ありませんでした」

クエストのゴールは「ジュネーブ大学入学」、そんな世界を現実に

子どもたちは無人島から戻ると、「海の生き物」をテーマに、それぞれの廃品アートを作り上げました。 「(廃品の)ビニールを使って立体的に仕上げるのはいいアイデアだね」 「自然の世界にある石と、ごみとして捨てられていたガラスがうまく組み合わせられているね」 1人ずつ作品をプレゼンし、落合氏に評価を受けた子どもたちは、嬉しそうな笑顔を見せています。 プレゼンが終わるとサマースクールの修了式。参加者たちは紙の修了証を渡され、落合氏と記念写真に収まりますが、私たちの実証実験はそこでは終わりません。 子どもたちは、落合氏のカードをスマホにかざしてもらうことで、ブロックチェーンに「サマースクール修了」の履歴が刻まれるとともに、トークンを受け取れるクエストを完了することができます。もし紙の修了証をなくしてしまっても、ブロックチェーン上の履歴があれば、参加者たちはいつでも「落合氏からSDGsを学んだ」ことを証明することができます。 「サマースクールの参加者はアプリ上で今後も継続的にコミュニケーションでき、私たちも1人1人のその後を支援し続けることができます。落合氏もコミュニティーに入っているので、関係が続けば推薦状を書いてもらったり、あるいは落合氏の研究室に入るという道も開けるかもしれません」 鈴木はそう話し、ブロックチェーンによってサマースクールが単発ではなく、SDGs活動やキャリア形成の「起点」になる可能性を強調しました。 藤井氏は「アプリを作るための共通ルールであるDAOプロトコルによって、複数の企業や大学、組織が共通の理念のもとにトークンを発行するアプリを作れるようになります。参加者が増えれば、トークンの価値も増し、トークンをたくさん所有している生徒が入試で評価される世界も実現できるかもしれません」と将来像を語りました。そしてクエストのマップの一番遠いマスを指さしてこう言いました。 「ここに至るまでのクエストをクリアすると、このマスに到達できます。このマスはジュネーブ大学への入学許可だと想定し、アプリを開発しました。そのゴールに向けて、私たちも技術開発を続けていくつもりです」

2019年10月更新